×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。


「画家と騎士」
そんなに長くない不思議の世界の冒険譚




断続的に金属音が響きわたる 
薄暗い遺跡の中、鎧の騎士と骸骨の剣士が戦う 
――そして 
その光景をひたすらにキャンバスに描いている 
一人の画家がいた 

「ウオアー!」
雄叫びをあげて赤褐色の鎧を身にまとった騎士が長剣を振るう 
とうとう骸骨剣士の盾がはじけ飛んだ! 盾を掴んでいた骨の指が地面に散らばる 
間髪いれず騎士は左手の盾で骸骨剣士を押し飛ばす 
よろめく骸骨剣士に致命的な剣の一撃が振りおろされた 

「おおーっ! いい画だ!」 
画家は興奮して筆を振る。戦闘の絵を描いているのだ 
彼女の姿は決して彼女が売れた画家であるようには見えなかった 
薄汚れ絵の具がそこらじゅうについた長袖のネズミ色・ボロボロ・ワンピース 
左手にはパレット、右手には絵筆。長い黒髪を丸く縛り木の手製髪留めで留めてある 

騎士は剣を杖にして大きな深呼吸をした 
骸骨剣士の無限のごときスタミナに、すっかり消耗してしまったようだ 
「イヒヒ! 売れる! 久しぶりに売れそうな絵の予感だぁー!」 
画家は興奮冷めやらぬうちに、急いで絵の仕上げにかかる 
騎士は、頭を覆うバシネットのバイザーを上げて画家を見ると、大きいため息をつく 

この騎士の名はミェルヒ。画家の商売仲間だ 
そしてこの画家は、エンジェ。騎士の従者である 
ミェルヒは無名の騎士であり、エンジェもまた無名であった 
騎士として名声を高めるためにこうして脅威と戦い、
その姿を絵にし、名を売るのだ 

ミェルヒとエンジェの出会いは2年前に遡る 
当時のミェルヒは学費が払えなくなって学校を追い出され、
手に職もつかずぶらぶらとしていた頃だった 
ミェルヒには何もなかった。才能も金も無く、目標も無かった
そんな彼が、ある日事件に巻き込まれる

ミェルヒは親からもらった小遣いの余りで酒を一杯飲むのが一週間に一度の楽しみだった 
無論ただ飲みに行くわけではない。酒場には酒場ギルドの求人広告があるのだ 
酒場ギルドは、ミェルヒのようないつ死んでも構わない無法者を集めて危険な仕事を斡旋する 
ミェルヒは死ぬつもりはさらさらなかったが、汚物掃除などの安全で不名誉な仕事もある 
いつものようにそんな仕事で日銭を稼ぐつもりだった 

ある求人が目に入った。ごくありふれた求人だった 
”騎士の亡霊退治。依頼達成者に騎士資格を認める” 
騎士とは、戦士のような職業だ 
各地の怪異や脅威を倒し、宝物を回収することが、名誉となる職業 
国に仕えたりするが、フリーも多い。ありふれた職業だ 

――騎士資格か…あると便利だな。まぁ、亡霊倒すなんて無理だけど 
霊というのは強い存在だ。精神が朽ちた肉体に憑依したり、霊体のまま現れたりする 
人間離れしたスタミナを持ち、とても一般人が勝てる相手ではない 
ミェルヒは男で身体も丈夫だったが、明らかに無理な依頼だ 
諦めて他の求人を探す…と、そのときである 

「おっ、騎士の亡霊かァ」 
いつの間にか後ろに大柄な戦士がいた。粗野な無精髭の顔の男 
「ハハ、ボウズ、お前にゃ無理だぜ」 
ミェルヒは不機嫌にわかってるよと返したが、男は意外な言葉をそれに返す 
「なぁ、ひとつ手を組まないか?」 

ミェルヒはもちろんただの若者だ。どこにでもいる青年にすぎない 
「俺は報酬だけもらえればいい。騎士資格はお前にやる。俺には必要ないしな」 
「なんで僕なんだ?」 
「誰だっていいさ! そう、だから、俺に酒一杯分の金をくれないか?」 
聞けばこの男、賭けに熱くなって全額スってしまったらしい 

「酒くらい我慢しないのか?」 
「ジンクスなんだよぉ、酒飲んで依頼受けないときは、酷く失敗するのが多いんだよ」 
もちろん、資格があるからといって、すぐ収入になるとは限らない 
何より実戦で強くないと意味のないものだし、下積みがすごく長い道だ 
しかしあって邪魔になることは無い。酒一杯に比べれば十分すぎる投資だ 

男はクレンツと言った。契約はギルドを通したので確実だ 
「さぁいくぞ! 獲物が逃げる前にな!」 
酒場を出ていきなり、目的地に連れて行かれることになった 
亡霊がよく現れるのは街外れの廃屋だ。病に倒れ死んだ騎士の家だったらしい 
治療費が無く病気などでそのまま死ぬのは、この世界ではよくある貧乏人の末路だった 

廃屋は自治体によって封鎖されていた。酒場ギルドの通行書で中に入れてもらう 
大きい家だった。元は裕福な家だったのか。ミェルヒとクレンツは慎重に中を進む 
そのとき、奥の部屋で物音がした。クレンツは驚きもせずつぶやく 
「ヘヘ、ウサギちゃんかな?」 
慎重に、音の先へと進む 

扉を蹴破り、クレンツは武器を構える!女性の悲鳴! 
「ん…?」 
部屋には、ボロを着た痩せた女がいた。突然の侵入者に怯えている 
「ななな、なんですかアナタタチ! ひっ、ひとの家ですよぉー!」 
ボサボサの黒い髪、碧の目、部屋には、たくさんの絵が積み上がっている 

「……で、この騒動に気付いてなかった、と」 
女はエンジェという名前で、死んだ騎士の親戚だったらしい 
親戚のつてでこの家に住んでいたが、騎士が亡くなってからはしばらく引き籠っていたらしい 
「レイオンはいいひとでしたー…ぐす、売れない画家のわたしを支えてくれて…」 
レイオン――死んだ騎士のことだ。 

「ともかく、亡霊と言うものは、だんだん自我が壊れていき非常に危ないんだ」 
クレンツはエンジェを説得する 
「いまお嬢ちゃんが安全でも、いつ牙をむくか分からない…なぁに、すぐ安らかに眠らせてやるよ」 
「そうですね…それがレイオンのためですね…」 
亡霊はすぐに暴走するわけではない。しばらくは生前の行動を繰り返すのだ 

ミェルヒはその間――部屋に散乱する絵を見ていた。上手い絵ではない。売れそうにもない 
しかし、どこか何かを感じさせるような……そんな絵だった 
彼はエンジェの横顔を見る。レイオンの支援が無くなり、思うように稼げず、金が底をついてきたらしい 
頬はこけて顔色は悪い。ここ数日あまり食べてないと言っていた 
ミェルヒは少し悲しくなった 

その時である! 
「ただいま……」 
その声が、玄関の方から響いてきた。全員に緊張が走る! 
足音が、だんだん近づいてくる。金属の鎧の、足音だ 
「エンジェ……心配かけたね……いっぱい、稼いできたよ……」 

魂が引き絞られるような囁き声。小さいはずなのに、心の底まで響き渡る 
すぐ近くの廊下まで、足音は接近してきた。クレンツが剣を構える 
「レイオン……なの……? もう、もういいの! もう、眠ってレイオン……」 
壊れたドアの向こうの廊下に、エンジェは語りかけた 
やがて、ゆらりと、錆だらけで赤褐色になった鎧の騎士が、姿を現した 

「おうああああ!」
クレンツは、力任せに剣を振りおろす! 
だが、それは騎士に近づくにつれ急激に速度を落とし、空中で静止する 
「や、やべぇ、こいつは…つえぇ…」 
金縛り状態で剣を振りおろす姿のまま動けなくなったクレンツは、額に脂汗を浮かべた 

「エンジェ……お金だよ……また絵が描けるね……」 
クレンツを無視し、歩み寄る騎士。エンジェに手を差し伸べす 
すると、血ぬられたコインが、次々と手のひらからあふれ出した 
「こいつ……街で人を殺して……金を奪ってやがるんだ……」 
クレンツは金縛りから解放されて、脱力し膝をつく 

「レイオン……どうして……」 
エンジェは絶句する。ミェルヒは勇気を振り絞り、騎士とエンジェの前を立ち塞ぐ 
「エンジェ……苦しかったろう……これでもう大丈夫だよ」 
ミェルヒは破れかぶれになってそう呻く騎士に殴りかかる 
…が、やはりその拳は減速し、空中に静止する 

「エンジェ……エンジェ……」 
騎士が、ミェルヒの喉を掴んだ。凄まじい力で彼の喉を締め上げる! 
「……!っが! ぐぇ……」 
ミェルヒの首が千切れるのは時間の問題だった 
エンジェは、ふと涙を浮かべて、言った 

「レイオン! やめて! お金は、もう必要ないの……」
騎士は、ミェルヒを放した 
「そんなことはない……おまえはまだ……」 
「いいの。お金は十分にあるの。私を認めてくれた、パトロンがいるの」 
エンジェは、目に涙を浮かべながら言う 

「嘘だ……」 
「本当だよ! 本当だってば……だから……」 
「じゃあ、それは誰のことだ……」 
「……っ」 
エンジェは言葉に詰まった。所詮、騎士をなだめるだけの嘘だったのだ 

そのとき、喉をさすりながら、ミェルヒが立ちあがった 
「エンジェのパトロンは、僕だ」 
「……えっ」 
エンジェは驚いて、ミェルヒを見る 
「彼女が絵を描けるように、僕が頑張る。レイオン、あなたはもう休んでいいんだ」 

騎士は、黙ってミェルヒを見る。嘘をついているか、心を見ているのだ 
だが、これは、彼が本当に心から思っていることだった 
「エンジェと初めて会ったとき、僕は彼女の絵のこの先をみたいと思った」 
「彼女に、砂糖のいっぱいかかったコヌミク・クッキーを腹いっぱい食わせてやりたいと思った」 
「そして……いいや、とにかく、彼女はもう心配いらないんだ、レイオン」 

騎士の黒くぼんやりとした肉体に、赤い蛍のような光が零れだした 
「君は、名前は何と言う」 
「……ミェルヒ」 
「ならばミェルヒ。わたしはお前を呪ってやる。お前が本当にエンジェを幸せにして、」 
「そしてエンジェの絵が皆に認められるまで、お前を呪ってやる!!」 
騎士の体中から赤い燐光を帯びた黒い霧が噴き出す!

黒い霧はミェルヒを包み込み、そして消えた。あとには、騎士のつけていた、赤錆の鎧だけが残された 
「……」 
「……」 
「…………!?」 
部屋の三人は、呆然とその場に立ちすくんでいる 

クレンツは、気まずそうに、最初に口を開いた 
「亡霊は消えた……依頼成功。よかったな、ボウズ」 
「え……僕は……どうなるんだ……」 
「えーっと、あの、えーっと」 
エンジェは気まずそうにミェルヒを見て、ウィンクした 

「私のパトロン様……になるのかな……よろしくねっ」 
「僕は確かに君には幸せになってほしいと思った……」 
「さ、ギルドに行こう! ボウズ、お前は今日から騎士だぜ!」 
「なんか、あんまり考えたくないんだけど、気苦労が一気に増えたような……考えちゃダメだ」 
「ほ、本当に呪われたと決まったわけじゃないかもよ!」 

試しに、ミェルヒは、エンジェを見捨てていつもの生活に戻ることを考えてみた 
考えてみただけだった 
一瞬で体中に激痛が走り、彼は七転八倒する! 口からは黒い霧が噴き出す! 
「わかった! わかったレイオン! わかったから!」 
のたうつミェルヒを見て、ちょっと申し訳なさそうな顔をするエンジェ 

「絵が売れるよう……が、頑張ります……」 
「あ、明日から大変だぞ……」 
それから、ミェルヒとエンジェの生活は始まった 
クレンツは、呪われなかったことをいいことに、また別の街に行ってしまった 
そして、2年が過ぎた

相変わらずエンジェの絵は売れないし、二人の生活は苦しかった 
しかし、一応騎士として食っていけるほどにはなった 
レイオンの鎧をつけていると、不思議と力が湧くのだ 
最初はぎこちなかった二人も、
2年が過ぎすっかり打ち解けていた

この二人が、後にいろいろな物語の立役者となるのだが 
それはまた別のお話 








もどる