「暗殺者」
そんなに長くない不思議の世界の冒険譚




エシエドール革命軍は苦境に立たされていた
数日前から、幹部が次々と謀殺されているのだ
「クソッ! 政府め……」
エベンジェ支部長は悪態をついた
この街での警護全般の責任者は彼なのだ

事件は、この街エベンジェで秘密の会合が始まったときから起こった
ちょうど幹部がこの街に集合したときに、暗殺が発生したのだ
「情報が漏れてるのね……」
この狭い部屋には支部長の他にもうひとりいた
深紅の軽鎧を身に纏った戦士……彼女の名は、イレーシ

「手口から言って、間違いなくアイツ」
犠牲者は一撃で首をねじ切られているのだ
「クク・ガスレングス」
彼女は暗殺者の名を口にする。彼女が何年も戦い続けている相手だ
「……本当かね? 君は、彼を倒したことはないんだろう?」

「負けたこともないよ。依頼失敗は多いけど……きっと、今度こそ」
「いい加減にしたまえ! 私の首がかかっているのだ!」
イレーシは支部長を一瞥すると、淡々と語りだす
「彼は天才よ。得意技は徒手暗殺と素手魔術」
「依頼成功率は98%。世界最強の暗殺者。彼を止めた2%こそ…私の仕事ってのは知ってる?」

「素晴らしい確率だな……フン」
支部長は椅子に腰かけ、腕を組んで続けた
「今回街に集まった中で生き残ってるのは……メサー将軍だけだ」
「必ず狙ってくるだろう。ぬかるなよ」
「了解」そう言ってイレーシは部屋を出た

イレーシは実際腕の立つ傭兵だった。並の暗殺者なら逆に暗殺されてしまうだろう
だが、そのイレーシと比べてもククの強さは規格外だった
イレーシは実際才覚があり負け知らずだったのだ。ククと戦うまでは
彼との戦いで、初めての敗走を経験し、鼻筋と左肩に消えない傷を受けた
その日から彼女の全ては、ククに対する妄執に支配されてしまったのだ

イレーシはアジトを出て裏通りをうろつく
過去の経験から、受身での防衛は圧倒的に不利だということがわかっている
数少ない彼を撃退した経験……それは、彼を先に発見し、追跡し、奇襲すること
カンのいい通行人がいたら、裏通りから人が一人消えたように錯覚しただろう
イレーシは始めからそこにいなかったように気配を消し、街の影に消えた

ククは魔法によって変装し、接近し、暗殺をする
過去様々なものに化けてきた。少女、猫、ネズミ。
小さいものは羽虫から、大きいものは乗用馬まで
過去の経験から、それを見つける所までは成功率が高くなっている
目の前に立っても気付かれないほど気配を消し、イレーシは街を駆ける

長い探索のさなか、彼女は違和感を覚えた
買物をしている娘が視線の先にいた。財布を開き小銭を探している
視界に収めた瞬間、違和感は確信に変わった。一気に距離を詰める
妄執のなせる業か彼女はククの魂の鼓動に至るまで完全に記憶しているのだ
ナイフを抜き、彼女は一本の槍のごとく娘に突進した

小さい金属音
状況を把握するより先に第六感のような反射運動でイレーシは飛び上がった
足元に気持ち悪い空気の流れ。あと一瞬遅かったら脚をねじ切られていただろう
壁を蹴り、追跡を開始する。ククはすでに逃げていたが、まだ追いつける
普通のひとには、娘が突然消えたように感じただろう。そして両断された硬貨が、地面に落ちた

すでに速すぎてククの姿は見えない。イレーシはかすかに感じる彼の匂いだけを感じて追跡する
経験上匂いの濃さで距離がわかる。その距離は心臓の鼓動一回分まで縮まっている
しかし、彼が本気を出せばイレーシは絶対に追いつけない。彼は、まだ依頼を諦めていないのだ
逃走ルートはランダムに見えるが、確実に目的地へと近付いている
手を伸ばせば届きそうな、その距離が絶望的に遠い

突然、彼がランダムな逃走をやめ、一直線に加速し始めた
勝負に出たのだ! その先は……メサー将軍の隠れ家!
イレーシもその勝負に乗った! 彼女はテレポートで先回りする
しかしテレポートの気配を感じ取ったククは直前で方向転換をする!
……けれども、それは罠だった

イレーシは彼の咄嗟の方向転換を統計データを取り研究していたのだ
確率上、85.3%の確率で彼は左に逃げる……それに賭けた
一回目のテレポートは発動直前にキャンセルし、 一瞬で座標を修正し2段テレポートを行う!
賭けは成功した! イレーシはククの目の前に出現する

彼は回避行動を取ろうとしたが、流石に距離と速度による限界は超えられなかった
「つ・か・ま・え・たぁーーーーーーー………ぁ」
衝撃波で蝿が死にそうな速度でイレーシの右手はククの左手首を掴んだ
そして彼女の神経が右腕に埋め込まれたシリンダーに作用し、沈黙の魔法が発動し、
――そして、そこまでだった

ククは、神経を改造し、イレーシに触られた瞬間脊髄反射でシリンダーを発動させ
超広域テレポートを行うようにしていたのだ
大脳で考え魔法を使用したイレーシよりはやく、魔法を完成させ、沈黙の魔法が腕を伝って彼に届く直前……
彼はいずことも知れぬどこか遠くへテレポートし逃げおおせてしまった
それが、先ほどのイレーシのセリフが言い終わる前に起こった出来事である

結局この日の勝負は引き分けであったが、依頼的にはイレーシの勝ちとなった
「ハハ、イレーシ君、私の責任は重かったがあのククから守り通したという点で首の皮一枚繋がったよ……」
支部長は事件後イレーシに報酬を渡すため訪ねたのだが、姿を見たとたん絶句した
「イ、イレーシ君……?」
彼女はと言うと、カーテンを閉めた薄暗い部屋でぶつぶつ何かをつぶやいていた

「ウフフ……素手で触ったのがいけなかったのね……次は手袋しなくちゃ……」
来客に気付かず、彼女は右手をじっと見て時折頬にさすっていた
「あ……でも素手で触らないと……データ取れないし……困ったな……」
「取り込み中だったようだ…ね…報酬ここに置いておくよ…じゃ…」
「この右手1週間は洗えないや……データ……取らなくちゃ……」

最強の暗殺者として名をはせたクク・ガスレングス
その強さも有名だったが、それよりも有名になったのは……
彼が最強のヤンデレに死ぬほど愛されていたことであろう
天才的な彼であったが、彼は、もうひとりの天才に火をつけてしまったのだ
イレーシの妄執は、まだまだ続く







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