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――炎の踊り子








1


その劇場には何人もの踊り子が舞っていた。
石造りの露天劇場は何百年も前に建てられたものだ。
磨かれた花崗岩でできていてたいまつの明かりでぼんやりと光っている。
踊り子たちは深紅の衣装を身に纏い、やはり深紅の扇を揺らす。
まるで劇場が燃えているように踊り子は舞っていた。

ビールを飲みながら踊り子を見る男が二人。
フィルとレッドだ。
役場勤めのようなシャツとズボン姿だが彼らは観光客だ。
フィルはソーセージ売りの娘を呼び止めチョリソーを2本買う。
レッドは大分酔っているようだ。

「酒と女は人生の華だな、フィル」 
レッドは鼻を赤くして踊り子を見ている。
「見てるだけというのも俺ららしいがな」 
フィルはチョリソーを齧りまたビールをあおる。
踊りは終わり舞台から踊り子が去っていく。

余ったビールを飲みながら細顔のフィルは帰りゆく観客を眺めていた。
対照的に丸顔のレッドはうつらうつらと眠りつつある。
すでに観客はほとんど帰路につき劇場内はがらんとしていた。
「俺らも帰るかな」 
フィルはそう言うとレッドをゆすり起こそうとする。

すると、向こうからソーセージ売りの若い娘がやってきた。
「お客さん、今日は買ってくれてありがとうね」 
「ああ、おいしいソーセージだったよ」 
若い娘は嬉しそうににっこりと笑う。
「この辺じゃ見ない格好だね、お客さん。観光かしら」 

「そうですよ、この辺りは歴史的建造物が多くて……」 
それをさえぎるように若い娘は言った。
「気をつけてくださいね、炎の踊り子には近付かないこと」 
フィルは不思議そうな顔をした。そんなものは聞いたこともない。
「炎の踊り子……?」 

「そう、怪しい魔術よ」 
「へぇ、魔女でもいるのかい」 
娘は黙って懐から歯車のペンダントを取りだす。
「安くしておくよ、お守りさ」 
フィルはお土産になるなと買うことにした。

「気をつけてね」 
そう言って娘は去っていく。彼女は去り際に手を振った。
フィルは気になっていたが夜も更けていたので帰ることにした。
完全に寝ているレッドをゆすり起こし、二人は劇場を後にした。
夜の街はすでに屋台も店じまいし、闇に包まれようとしていた。

レッドは飲み過ぎたのか千鳥足で歩いていたので、
フィルが肩を貸して二人で暗い街並みを歩いていた。
「酒弱いのにいつも飲み過ぎるんだから」 
フィルがたしなめてもレッドはどこ吹く風だ。
突然、明かりが灯る。

暗い街角に赤く燃える炎が見えた。
フィルは驚いて目を凝らす。すぐそれが勘違いだと気付いた。
赤く燃え盛るような鮮やかな赤のドレスを着た娘が街角に立っていたのだ。
それは暗い街の中でもはっきりと見えた。彼女は笑って言う。
「お兄さんたち、お酒飲んでかない?」 


2


フィルはそのぞっとするほどの赤に一瞬目を奪われた。
彼女の紅い口紅で彩られた唇が笑みを作る。
レッドはぼんやりと目を覚ましつつあったが、まだ夢見心地だった。
「はは、こいつ飲み過ぎなんで、また今度に」 
フィルは直感的になにか危ないものを感じて丁寧に断る。

「本当ですかァ?」 
跳ねるような軽い足取りでそのドレスの娘はレッドにかけ寄る。
そして白い繊細な指で彼の頬をゆっくりと撫でる。
「酔ってなんか、いませんよ」 
そんな馬鹿なとフィルはレッドを見る。

レッドはフィルに肩を貸したまま、ぱちくりと目を瞬かせていた。
その顔はいつもの顔色に戻っていた。
「あれ、おかしいな、酔いが……完全に醒めてる」 
彼自身信じられないといった様子だった。
レッドは自分の力で立ってみるが、足取りもしっかりしていた。

「はは、こいつはいいや。おいフィル、また飲もうぜ」 
フィルはとてつもなく奇妙な感覚を覚えていた。
だが、娘の魅惑的な顔を見ると、この娘についていきたいと……
そんな気持ちになっていくのだった。
「レッド、一杯だけだぞ」 

娘は朗らかに笑うと、二人の手を引いて路地裏のバーに連れて行った。
薄暗いランプの灯るバーに他の客はいなかった。
5個の机が並べられた狭い店内は埃っぽく肌寒い。
赤樫のカウンターテーブルの向こうには
背を向けた無愛想なバーテンダーが一人いる。

店の奥には小さな舞台がこしらえてあった。
二人はカウンターに座り酒を注文する。
「カンパリソーダをふたつ」 
さっきの娘の赤い衣装が眼に焼きついたのか鮮やかな赤の酒を飲みたかった。
バーテンダーはこちらを見ることなく、棚から瓶を取る。

そういえばさっきの娘はどこにいったのだろう、
いつの間にか姿が見えなくなっていた。
そのとき、コッコッと靴のなる音が聞こえた。
舞台の方からだ。
そこにはさっきの娘が赤いドレスのまま立っていた。

「お客さん、私の踊りをどうぞご覧ください」 
そ言って娘はお辞儀するとゆっくりとステップを踏み出す。
ひらひらと舞う赤の衣装がまるで炎のようだ。
店内は闇に包まれ何も見えなくなっていた。
バーテンダーも酒のグラスも見えない。

漆黒の闇の中でただひとつ赤い衣装と月のように白い
娘の肌だけが見える。
ゆらゆらと炎の舌が二人を舐めた。
コツコツとステップは続く。まるで時計の針のように。
レッドは立ちあがり、ふらふらと娘へと歩み寄る。

”おいレッド、大丈夫か” 
それは声にならなかった。金縛りのようにフィルは動けない。
「暖炉は燃える、暖炉は燃える」 
「薪をくべよう、暖炉は燃える」 
娘の歌声がゆらゆらと脳内にこだました。

”まずい、どうしたってんだ” 
フィルはレッドを引き戻そうとする。
が、しかしその動きは油の中でもがくように緩慢としたものになった。
娘が身を翻すたび、炎の舌が伸びてレッドをかすめる。
そのとき、フィルのポケットがカチカチと音を出し始めた。 


3


フィルはポケットに視線を送る。
確か……ソーセージ売りの娘から買ったお守りが……。
ポケットをまさぐりお守りを取りだす。
そのペンダントは歯車の意匠がカチカチと音を立てて回転しているのだ。
「頼む、レッドを……」 

踊り子の娘はそのカチカチという音を聞くと、
真っ青になって踊るのをやめた。
「機械のリズム、狂ってしまう」 
「炎のリズムが狂ってしまう……」 
踊り子の足元から炎が噴き上がる! 

「燃やさなきゃ……もっと大きな炎で」 
そのときフィルは自分が自由になったことに気付いた。
すぐさまレッドの手を引っ張ってやみくもに走りだす。
長い闇の中をひたすら走り続け……
フィルは闇の中に明かりを見つけた。

それは街灯に照らされる電話ボックスだと気付いた。
元の街に戻ってきたのだ。
レッドを見てみると、酔いつぶれて寝息を立てていた。
夢のような出来事だった。
ただ、彼の手には歯車のペンダントが握りしめられていた。

二人は宿に戻り寝ることにした。
寝つく前、フィルはソーセージ売りの娘に言われたことを思い出す。
”あれが炎の踊り子か……” 
あのまま踊りに引き込まれていったらどうなっていただろうか。
”旅には危険がつきものだ……” 

日が昇り出発の時刻となった。
飛行船の時間にはまだ余裕がある。
フィルとレッドは街を歩いていると
そこが昨日ドレスの娘に会った場所だと気付いた。
恐ろしくて探索する気になれず、すぐにその場を去った。

フィルは、ただ、
娘が立っていた場所に燃えるように
ヒガンバナの花が咲き乱れていたことが気になったのだった。

――フィル・オークロッド旅行記「歯車のペンダントにまつわる話」より









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