そんなに長くない不思議の世界の冒険譚




「急げ!」 「結界だ!」 「ランプの灯を絶やすな!」 
「右……いや、左だ!」 「ばか! 俺は味方だ!」 
彼らの掲げるランプの灯が突然光を失い、あたりは次第に闇に包まれていく。
5人の冒険者たちは洞窟にいた。その一人である、ミノー。
彼は光の消える瞬間までの一瞬の間に、5人の命を救ったのだ。


――ダーク・サプライズ――


時間はその日の夕刻に遡る。
酒場でいつものように仕事を探す5人組の姿があった。
リーダーのレイケン。彼は壮年の大柄な男で、赤茶けた髪と髭を生やしている。
サブリーダーのボーシュ。彼はひょろ長い青年で、いつも青白い顔だ。
荷物持ちのレミン。彼女は長い前髪で目を隠しているが、身体はしっかりしている。

アタッカーのカルノは細身の剣士だ。彼は軽薄な顔だがじつは内気である。
そして、ミノー。5人の中でいちばん若い彼は子供の頃から遺跡暮らしの孤児である。
ミノーには戦術の心得も無ければ、使える魔法も鍵外しの魔法しか知らない。
だが、カルノはそんなミノーの経験を買ってパーティーに勧誘した。
レミンは弟分ができたと喜んだし、レイケンも不思議と悪い気はしなかった。

半年ほど共に戦った5人であり、今日の依頼もいつもの日常に消える……
そんな、普通の依頼のはずだった。
「魔女討伐……か」 
レイケンは酒場の斡旋窓口で唸った。
魔女は危険な生き物で人を食う。人里に下りれば最悪駆除の対象になる。

だが、その魔女というカテゴリーはひどく大雑把なものだ。
魔法使い崩れと変わらないようなただの魔法使いもいれば、
失われた秘術を行使する凶悪な存在もいる。
危険度は……ピンキリだ。特に今回のような、どんな魔女かさえ分からない場合には。
「報酬は大きいんだよなぁ」 

ボーシュは脇から依頼書を覗きこむ。
「ええと、魔女が近郊の洞窟に逃げ込んだまま消息を絶ったので発見し殲滅せよ……か」 
「どう思う? カルノ」 
「この街はそれほど辺境に近くない……そんなに怖い魔女とは思えない……」 
「けれど」 ミノーはつぶやいた。

「恐ろしい魔女だからこそ、人々の目をかいくぐりこんな都会まで来れた……」 
「それも言えるねぇ」 
レミンは同意する。ボーシュはリーダーに意見を求めた。
「どうするよ、ボス」 
「ふむ……撤退は恥ではない。様子見して、無理なら依頼を破棄しよう」 

酒場で斡旋される仕事は、危険なものが多い。
無理だと判断したら、破棄してもいいのだ。
ただ、あまり契約を破棄しすぎると、高額な仕事は任せられなくなる。
5人はその依頼を受け、郊外の洞窟へやってきたのだ。
洞窟を進み、少し大きな空間に出た、その時である。

「魔力の風だ! 近くにいる!」 
ボーシュが叫んだ。5人はすぐさま四方を警戒する。
魔力の波動は人それぞれ違う。明らかに6人目がいるのだ。
「急げ!」 レイケンは陣を張るよう急かした。
「結界だ!」

ボーシュは杖を立て、魔法戦闘に備えようとする。だが、おかしい。
光がどんどん弱まっているのだ。ランプの灯が薄れていく。
「ランプの灯を絶やすな!」 レイケンはランプを持つレミンに叫ぶ。
この洞窟はダンジョンとしての機能を失い明かりも消え放棄されていたのだ。
ランプひとつが生命線である。しかし……

「わかんない! わかんないけど……消えてくよぉ……」 
レイケンはメイスを振り回す! 「くそ、どこだ!」 
カルノは何か動く影に気付く!
「右……いや、左だ!」 
レイケンはメイスを振り回す!

ボーシュの近くをメイスが掠めた。
「ばか! 俺は味方だ!」 「す、すまん」 
そうしてる間にもランプの光は弱まり闇に包まれていく。
ミノーはランプの炎を見ていた。ランプの炎は弱まってはいない。
これは視覚に影響を受けているのだ。

殺すつもりか? いや、わざわざ視覚を奪うくらいならもっと効果的な攻撃をしてくるだろう。
ミノーは遺跡暮らしの中で何度も魔女に出会った。
こんなまどろっこしい方法は使わずいきなり攻性魔法を浴びせかけてくるものだ。
大体こういう魔法は術者の他に攻撃係がいて、
術者が視界を奪っている間攻めさせるものだ。しかし術者一人なのに?

(敵意が無いのか……?) 
ミノーは追尾魔法で相手を捉えようとしていたボーシュを制止した。
「待ってくれ! 相手の出方を見よう」 
「しかし――」 
その一瞬の隙をつき、影が突進してくる。強引に突破しようというのだ! 

空気の嫌な流れ……攻性魔法だ! 
ミノーは一瞬感じた魔力の元へ……鍵解除の魔法をかける!
「わわ、わーっ!」 
魔女は転がった。お互い制止し、沈黙が流れる。
ミノーは……魔法で留めてあった魔女のスカートのホックを外したのだ。

スカートを手で押さえ、魔女が立ちあがる。
ミノーはそしらぬ顔で魔女に交渉を開始する。
魔女は突然の”攻撃”に気まずそうにしていた。
「失礼。なにゆえ人里に下りて我らを惑わすのか? 理由あれば伺いたし」 
ホックが手で留められず、魔法を使うことはよくある。食生活とか……運動不足とか。

魔女は再びスカートを固定すると、話はじめた。
視界はいつのまにか完全に元に戻っている。
「手紙を……届けに来た。大切な……手紙を」 
ミノーは安心した。破壊的な魔女ではなかったのだ。
レイケンはここぞとばかりに話をきりだした。

「その手紙、私たちに配達を任せてくれないか?」 
「ほう……?」 
「正直あんたとまともにやり合ってこっちも無事ではすまない」 
熟達した冒険者ならば、相手と対峙しただけである程度の戦力を推し量れる。
魔女は手紙をポケットから出し、渡してきた。

「頼むよ。届けば幸運が、届かなければ恐ろしい不幸が降りかかる呪いをこめた」 
そう言って、洞窟の外に歩き出した。
姿はだんだん闇に消え、完全に見えなくなる。
「あぶねぇな……まぁ、一見落着か!」 
そうして5人は依頼を遂げることができないにせよ、生還できたのだ。

手紙は後日屋敷にすむ青年に無事届けられた。
酒場では、殺すことはできなかったにせよ、
無事魔女が去ったので少しばかり謝礼金が出た。
これが幸運の一部だろう。
5人の冒険はこの後もしばらく続いた。

数年後、屋敷の青年が恋人に会いに行くと言い残し街を去ったが、
それはまた別のおはなし。







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