「まどろみ」
そんなに長くない不思議の世界の冒険譚




こんな夢を見た。
わたしは平野を歩いていた。
草がまばらに生えるステップの大地。
わたしの他に生き物の気配はしない。
太陽は熱を感じさせずにぼんやりとあたりを照らしている。

わたしは旅をしていた。
あてのない旅。
何かから逃げていたのか? 
何かを求めていたのか? 
いまとなっては覚えていない。

やがて行く先にひとつの寺院が建っていた。
荒野にぽつんとある廃墟の寺院。
わたしは何となくその寺院に入っていく。
ドーム状のその寺院の中にはほとんど何もなかった。
ただ、ひとつだけ……

巨大な座像が奥に鎮座していた。
名も知らない異教の神の像だ。
人型をしてはいるが腕は6本あり、
それぞれの手に花や武器を携えている。
腰にローブ状の着物をつけている以外は裸だ。

頭のあるべきところには……
大きな狼の首が飾られていた。
まだ血が滴っている。
生贄だろうか? 
とても穏やかな神には見えそうにない。

太陽の光が強くなった。
寺院の天窓から光が差し込み、”はしご”を作る。
埃が漂う寺院に聖なるときが流れた。
何も音はしない。
寺院の石壁は何も語らない。

突然足音が響いた。
気付くと寺院の入り口に誰か立っていた。
頭を覆う狼の毛皮のマスク、白いローブを身に纏っている。
胸のふくらみから女性であるとかろうじてわかる。
彼女はわたしを黙って見つめている。

「こんにちは」 
わたしは彼女にあいさつした。
「この神は何というのですか?」 
続けて質問する。
彼女は手桶と鉈を持ったままつぶやいた。

「《イミドア》様と申します……」 
彼女は寺院の壁に鉈を吊り下げ、座像に近づく。
「あなたはただの旅人ではありませんね?」 
マスクに開いた穴から青い目がわたしを見る。
「夢か何かで迷い込んだ……」 

「ここは忘れられた土地です」 
桶から柄杓で水を汲み、血で汚れた座像を洗う彼女。
「夢というのは不思議なものです」 
「ここはあなたがいつか訪れる場所かもしれませんね」 
「あるいはあなたが恐れている場所かもしれません」 

座像の前に座り、胡坐をかく彼女。
「《イミドア》様は混沌の神です」 
「大方貴方にイタズラしにきたんでしょう」 
「夢と現実は紙一重……」 
突然彼女の身体が無数の紐になり四散する!

わたしは驚いて寺院を飛び出した。
地面は大量の蝶によって覆い尽くされていた。
極彩色の蝶によって地面に絵が描かれている。
悲しそうな、知らない女性の顔。
女性の顔が動く。

”わたしを……助けて” 
そう言ったように聞こえた。
次の瞬間、火だるまになったさっきのマスクの女性が
呻きながら寺院から出てくる! 
蝶は一斉に飛び出し、視界を極彩色に染める。

足場の感覚が無くなり、底に向けて一気に落下する……
わたしはさっき蝶によって描かれていた女性の顔が忘れられなかった。
とても、大切なひとの気がする……
いつか出会う、そんな気がする。
そして、わたしは目覚めた。

そんな、夢を見た。







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