「エンターザダンジョン」
そんなに長くない不思議の世界の冒険譚




洞窟はどこまでも続いていた 
「魔法トーチの残量はどのくらいある?」 
「30%くらいですね」 
メイハは新米魔法使いだ。魔法許容量は少ない 
「今日はこの辺で作業を終了しよう」 

ごく一般的な鍾乳洞だ。乳白色の壁に鍾乳石がそこらじゅうにある 
地下掘削中に発見されたこの地下空間は多くの可能性を秘めていた 
すなわち、ダンジョンと呼ばれる場所である 
地上とは繋がっていないせいか、蝙蝠や虫はいない 
地下水がそこらじゅうに流れているので河川と繋がってる可能性は否定できないが 

クルスは座標確認の魔法で位置を確認し、地図に描く 
「クルス先輩、ここには脅威がいないみたいですね」 
「わからんさ。帰り道も怖い。気配を消して潜んでいた奴がいるかも」 
「えっ……怖い……」 
安全なダンジョンだという前情報は、時としてあてにならない 

発見された新しいダンジョンには、まず彼らのような冒険者が明かりを灯しに来る 
魔法トーチは範囲内の壁に染み込み、近づいた冒険者の微弱な魔力に反応し明かりを灯す 
あらかじめ探索しやすいようにして、他の冒険者の手助けにするのだ 
危険な仕事だが、ギルドから補助金が出るため実入りは大きい 
時として金に困った……彼らのような実力も無い新米が行くこともある 

とはいえ実際の仕事は、ただ歩くだけだ 
明かりの範囲が普通より小さいということも無い 
問題は、闇に潜む脅威だ 
初めての探索であり、強大な敵がいる……可能性がある 
しかし、ほとんどの場合は、誰もいない。そんなものである 

「先輩、ここにダンジョンができると便利ですねー、街に近いし」 
「ああ……ギルドに登録されたら俺達も行ってみよう」 
「安全な方だといいですねー」 
冒険者はダンジョンに依存する職業だ。その収入はダンジョンからもたらされる 
しかし、そうダンジョンは頻繁に見つかるものではない 

ダンジョンとは、古代の地層に現れる空間である 
それはいわば自然の炉のようなもので、非常に便利な使い方ができる 
ある程度処置を施すと、様々な古代の遺物をダンジョン内に生成することができるのだ 
薬・食料・日用品・消耗品・魔力を帯びた品……そういったものがほぼ無尽蔵に出てくる 
しかし、その魔力の濃い空間には、招かれざる客も訪れる 

樹液のしみだす幹に昆虫が集まるように、どこからともなく”脅威”が現れるのだ 
ダンジョンに寄生する魔物、物漁り、魔女のような人食い等。
いわば、冒険者というのはそういった掠奪者を力で制し利益を得るものである 
未処置のダンジョンには生成される品物がない代わりに 
そういった邪魔者もいない普通は静かなただの空間である 

二人は帰路についていた 
魔法トーチの力で彼らのいる空間は光に満たされている 
まるでたいまつを持っているかのようだ。それゆえ魔法トーチと呼ばれる 
「こんな、何もない空間に好んで巣食ってる化け物なんているんですか?」 
メイハはクルスに話題を振った 

「そうだな…蝙蝠がいれば、蝙蝠のフンからキノコが生える」 
「そのキノコを食べる魔物が多い。まぁ、ここは蝙蝠はいないみたいだけど」 
「あとは、洞窟をねぐらにする生き物…」 
「洞窟ワームとかな。ワームはドラゴンが退化した生き物で、相応に強い」 
「ここは街に近いからいないだろうけどね。意外なところに繋がってなければ、だけど」 

「ワーム…ひえぇ、図鑑で見ましたよ…推奨冒険者ランク20レベルくらいあったような…」 
「下級ドラゴン戦士並の強さだね……安心するといい。奴が棲んでれば…」 
そう言ってクルスは足元の鍾乳石を指さす 
「こういう脆いものが壊れて奴の這った跡ができるからね」 
「大きな生き物のフンも無いし……安心していいと思う。でも警戒は絶やさずにね」 

二人は洞窟を進む。縦穴にはすでにロープを張ってあるし、
行きと比べて随分楽だ 
そして、入口に近い巨大な空間まで戻った 
ここは地底湖から地下水が抜けたような空間で、
底にはまだ足首まで浸かる水が残っていた

「あっ、あの一角まだ魔法トーチつけてませんよ」 
「ん? ああ…」 
「点けてきますね」 
「いや、また今度に…」 
メイハはもう駆け出していた 

「魔法トーチ展か…」 
その時である! 
彼女の足元は急激に深くなっている淵だったのだ! 
明かりが少なくて気付かなかった彼女は身体ごと水に沈んでしまう! 
深いどころではなかった。どこまでも深い深淵である。必死に泳いで水面を目指す

何かの、身の毛がよだつ気配。その深淵には……先客がいた 
ケイヴドラゴン……その白い巨体が水底で翻る 
その生き物は、地球のアホロートルによく似ていた 
巨大な平べったい顔に大きく裂けた口 
顎にはピンクの鰓が小さい翼のようについている 

凄まじい速度で上昇するケイヴドラゴン 
メイハは一瞬で死を覚悟した 
…次の瞬間! 
メイハはいつの間にか地上にいた 
傍にはクルス 

「やれやれ、”命綱”無かったら溺れてたぞ……」 
冒険者は集合や緊急用に、リーダーの傍に短距離テレポートさせる術で 
仲間を魔術的に縛っているのだ 
「た、たいへんですぅ! あそこには…」 
大きな水の音。ケイヴドラゴンが水面から身を乗り出したのだ 

クルスは短剣を抜いて身構える……
敵うはずもないが。ケイヴドラゴンは下級ドラゴン戦士よりも強い 
しかし彼は冷静だった。彼はケイヴドラゴンのことをよく知っていた 
子供の頃読んだドラゴン図鑑の中でのケイヴドラゴンは……
争いを好まず、世俗が苦手で洞窟で隠居し、知能がとても高い優しい竜だった

”君の望みは、剣か? 紅茶か?” 
クルスは拙いドラゴン語で話す。とても役立つとされるドラゴンの決まり文句だ 
「コウチャ…」 
洞窟が震えるような声でケイヴドラゴンが答えた 
クルスは安心して短剣を鞘に戻す。怒りに触れない限り、ドラゴンというものは争いを好まない

「ココ、ボクノ イエ……」 
このドラゴンはクルスの地域の言葉を知っているようだ 
「このダンジョンは、もうすぐ冒険者ギルドの支配下に置かれてしまうんだ…」 
クルスは事情を説明した 
「ザンネン…トテモ…ザンネン…イエ、ナクナッタ…」 

「ごめんなさい。私たちは下っ端で、どうすることもできないの」 
メイハが謝った。実際そうなのだ。下っ端が何を言ったところで、聞くわけがない 
ダンジョンから生まれる利益を目の前にすれば、なおさらだ 
「ワカッテル キミタチワルクナイ」 
このドラゴンはどこまでも優しかった 

「ニンゲンコワイ…ボクタチ、ニゲルシカデキナイ…」 
ドラゴンにはたくさんの利用価値がある。目は薬になり、鱗は魔力を帯びるとして珍重される 
現在までにたくさんのドラゴンが人間に狩られ、生息域を秘境に追いやられてきた 
ドラゴンはそこで国を作り権利を主張しているが、密猟は止まない 
「モウココニハスメナイ……コワイニンゲン、コワイイキモノ、イッパイヤッテクル」 

ドラゴンは淵へと戻っていった 
「ドラゴンさん…」 
メイハは悲しい声でつぶやく 
「タビニデル…アタラシイイエ、サガス…」 
「ナカッタラ、ドラゴンノクニ、イク……ドラゴンノオオサマ、イル」 

「ドラゴンノオオサマ、タスケテクレル……タブン……」 
「ごめんな……さようなら」 
クルスは別れの声をかける 
ドラゴンは返した 
「ニンゲンワルクナイ…ドラゴン、ヨワイノイケナイ…」 

「ニンゲン、キヲツケテ」 
「イマ、ニンゲンツヨイ。ニンゲンゲンキ」 
「デモ、ゲンキナクナッタラ…ヨワクナッタラ…」 
そう言って、ドラゴンは深淵に消えていった 
「…帰ろう、メイハ」「うん…」

現在の文明は衰退に向かっていた 
現在の人類帝国は、かつてのエシエドール帝国にさえ及ばない 
ダンジョンは有限な資源だった。いずれ魔力が枯渇し生産能力を失う 
政府はダンジョン生成の研究や 
新エネルギーの研究を進めているがいまだうまくはいってない

そして、そんな中、ある噂が流れる 
キシュアという街では、無限にダンジョンが見つかるというのだ 
これは人類救済の鍵となるのか 
それとも甘い罠なのか…… 
キシュアの謎は、この時点ではまだ噂に過ぎない







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