「物漁り」
そんなに長くない不思議の世界の冒険譚




モア・ボーンはダンジョンにいた 
彼女は物漁りだ。ダンジョンに侵入して物を拾い、逃げ帰る 
今日のダンジョンはかなり整備されていた 
石で堅牢に壁や床が補強され 
天井には梁が渡してある 

「今日は金目のものあるかな……」 
ひとりつぶやく。危険なダンジョンに侵入するには理由がある 
ダンジョンには食べ物や飲み物が生成される 
雑貨も生成され、街で換金できる 
生活に必要な要素が、全てダンジョンに転がっているのだ

モアは前方に動く影を見つけた。物陰に隠れて様子をうかがう 
影は1匹の巨大ネズミだった 
こげ茶色の不潔な毛並み、赤く爛々と光る眼 
普通の冒険者なら剣のひと振りで殺せるだろう 
だが、モアには辛い相手だ

モアの装備は一般的な冒険者と比べてかなり見劣りした 
鎧らしい鎧は胸だけを覆う軽鎧だ 
劣悪な素材でできているため、防御効果は雀の涙 
下半身は、よれよれになったスパッツのみ 
靴は無く裸足だ 

かろうじて頭を保護するヘルメットをかぶっている 
しかしそれも戦闘用ではない。市民が使うような安全ヘルメットだ 
武器といえば、切れ味の悪いナイフが一本 
これではむしろモアの方が狩られる側だ 
でも、やるしかない

この現代は力が支配する時代だ 
モアのような力のない者は、隅に追いやられてしまう 
日銭を稼ぐために、あわよくば一獲千金を狙うために、
危険を冒しダンジョンに潜る 
彼女は、巨大ネズミの隙をうかがう

うまく後ろから接近し先制攻撃を与えなければ危険だ 
ネズミの牙は強力だ。こんな軽鎧一瞬で砕いてしまう 
さらに牙には不潔な病原菌が巣食っている。掠っただけでも酷くなる 
ネズミが後ろを向いた。足音を殺しつつ一気に接近する! 
気付かれた! ……がもう遅い。飛びかかり背中に乗る

ネズミの毛皮は酷い悪臭に満ちていたが、気にせずしっかりと掴み、首筋にナイフを突き立てる! 
毛皮は分厚く、ナイフの切れ味は悪い。うまく切り裂けないが、諦めず何度も何度も振り下ろす 
「ヂューッ! ヂューッ!」 
ネズミはモアを振り落とそうと必死にもがく 
モアは振り落とされそうになるのをこらえるだけで、なかなか攻撃に専念できない!

その時である 
不吉な魔法音が響き渡り、魔法の矢が飛来する! 
魔法の矢はネズミの頭に命中し、魔力波の白い光がネズミの身体を駆け巡った 
ネズミはブルブルと痙攣し、次の瞬間、口や目から血を噴き出し絶命した 
モアは驚いて魔法の発生源を探す。やがて向こうから一人の青年が姿を現した 

”冒険者だ……!” 
モアはぞっとした。非合法に物漁りをしているモアのようなものは、
ギルド員である冒険者に見つけ次第殺されてしまうのだ 
青年の装備を見る 
革の長靴、綺麗な灰色のズボン、魔法使い用の軽鎧、魔力品の首輪までしている 

そして両手には2本の杖、頭にはフードを被っている……これも魔力品だろう 
絶望的な装備差だ。さっきの魔法の矢がもしモアに当たっていたら 
血を噴いて死んでいたのはモアだったろう 
”ひっ……殺される……” 
モアは言葉も紡ぐことができずその場にへたりこんだ

「安心するといい」 
青年は歩み寄りながら語りかける 
「信仰上ぼくは無益な殺生はしない」 
そう言ってネズミの血まみれの瞼を閉じる 
「久しぶりに信仰を曲げてしまったよ。君が危なかったからね」

鉱石の首輪を外し、ネズミの顔に置く。そして、呪文を唱える 
「クルクックス様、あなたの教えに背き殺生をしたことをお許しくださいませ」 
「この子の魂をあなたに捧げます。天の流れ、地の脈の中で彼の魂が救われんことを」 
一通り儀式を済ませ、祈りの言葉をずっとつぶやいている 
”クルクックス教徒だ……”

クルクックスは鉱石シルフの神で、信者に無益な殺生をできるだけ禁じている 
”助かった……ふぅ〜” 
これは実際奇跡的なことだった。神を信仰するだけでも珍しいのに、
数ある神の中でクルクックスを信仰するものはさらに少ない 
モアはゆっくりと座り直し、彼に言う

「あ、ありがとう」 
「今回はたまたまだけど、2度とはないと思った方がいいよ。気をつけてね」 
もっともだったが、ダンジョンに入らなければ餓死するだけなのでしょうがないのだ 
モアはナイフをネズミに突き立てる。解体するのだ 
毛皮を剥ぎ、食べられそうな肉塊を切りだす

「それ……食べるつもりなの?」 
「ごちそうよ。私たちにとってはね」 
心臓は……運よく破裂していなかった。心臓は魔力が濃く高値で売れるのだ 
内臓は流石に汚染されているので捨てる。毛皮は売れる。肉は食べる 
残念ながら、骨は魔力波の影響で売り物になりそうにない

「いやはや……君たちはタフだね」 
「そう? あなたたちの方が……私は強いと思うし、怖いよ」 
油紙を袋から取り出し、モアは続ける 
「そう、あなたたちは……強くて……怖い」 
収穫品を油紙で包み取り、袋にぎゅうぎゅうに詰める

「さ、忠告通りさっさと帰ります」 
モアは立ちあがり、言った。青年はそれを見上げる 
「なぁ、君、ちょっといいか?」 
「?」 
「もし……また会えたら、一緒に戦わないか?」

モアはあっけに取られて、言葉が出ない 
「いや……ぼくは最近仲間集めに困っていてね」 
「何分こんな信仰だ。戦闘では足手まとい。断られることが多いんだ」 
「君のピンチを、偶然ぼくが助けた。面白い巡り合わせだと思った」 
「君は勇気もあるし、ネズミの肉を食うような生活をさせるのは……心苦しい」

「たぶんすぐには会わないだろう。でも、もし次会ったとき君と僕がその気だったら……」 
モアは少し微笑んで返す 
「ま、その気だったらね」 
「楽しみにしてるよ」 
そして二人は別れた 

互いの名前も知らない二人 
二人の物語の始まりは、ほんの些細な出来事 
ごくありふれた物漁りと、若い冒険者 
これから始まるたくさんの物語の中の、
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