――遺失名工楽器
そんなに長くない不思議の世界の冒険譚




1


旅客飛行船ランルバト1002号は、
本日未明竜芽山脈東部で消息を絶った。
捜索隊が到着したのは正午ごろである。
彼らは山脈の耳ヶ岳で飛行船の残骸の一部を発見。
ランルバト1002号は墜落したと帝都へ連絡を送る。

飛行鍋が赤茶けた山脈の谷間を行きかう。
残骸は広範囲に散乱していた。
山肌にぶつかりながらどこかへ墜ちたのだろう。
捜索隊の一員、帝国吏員のヒドルは眼を凝らして谷間を見渡す。
彼は聞いていた。あの飛行船には、ある音楽家が乗っていたと。

ヒドルは胸が張り裂けそうな悲しみに襲われていた。
その音楽家……ウェイシィの作品はヒドルも好んで集めていたのだ。
彼女は少し変わった楽器を使う音楽家だった。
エキルストリングというその楽器は、14本の鋼線の絃が張ってあり、
電気と真空管と鉛のパイプで不思議な音を奏でるのだ。

荒涼とした風が強く吹いている。
ヒドルは分厚い防寒服の襟を立てた。
標高はかなり高い。生存者がいたらかなり苦しい境遇にあるだろう。
ウェイシィが生きているように……強く願っていた。
一刻も早く助け出したかった。死んでいるとは思いたくなかった。

自分がヒーローになってウェイシィに駆けより、
身体に熱を戻らせる救命ウィスキーを優しく飲ませてやりたい……
もちろん他の乗客も気にはかけていたが、
それほどまでにヒドルはウェイシィに入れ込んでいた。
ふと視線を遠くに向けた彼は、大きな船の残骸を見つける。

残骸は山肌の中腹に横たわっていた。
あちこちから黒煙を噴き上げているが、火は見えない。
なだらかな山肌のあちこちには巨石が突き出しそれに引っかかっている。
運がよかった。
悪ければ谷底に落ちていて発見はもっと遅れただろう。

はやる気持ちを抑え、彼は残骸の上空へ接近した。
残骸の周辺に動くものが見える。
人では無い……もっと大きな生き物。竜だ。
竜芽山脈は竜の自治区なのだ。
恐らく事故を察知して先に到着したのだろう。

飛行鍋を着陸させる。
竜は一応文明を持っている種族だ。
倒れ傷ついた人々を食ったりはしない。
『救護が必要なものはいるか?』 
竜の言葉で問いかけてみる。

桃色の鱗……真鍮族の竜が3匹残骸を調査していた。
「ここにあるのは死体だけだ」 
1匹が以外にも人間の言葉で返してきた。学のある竜らしい。
「僕たちは遭難者の救護と事故の調査に来た」 
「そうであろう。手助けはする」 


2


竜と人類は過去の禍根から、互いに干渉を自重している。
だが、敵対はしていない。こうして難局には助け合うのだ。
3匹のうちのリーダーは、首が短く胴の長い種族だった。
5メートルほどの全長は竜にしては小さい。
丸眼鏡をかけ立派な襟鰭をつけている。

見ると死体が並べられ、布がかけてある。20人程度だろうか。
「私たちが来た頃にはすでに弔ってあった。生存者がいる」 
「だが、すでにいなかった。きっと安全な場所に退避している」 
ヒドルは飛行鍋から信号弾を取り出し、天空に放った。
甲高い射出音と、紫の煙が長く空にのびていった。

彼は飛行鍋に乗り、上昇させる。
「生存者を捜してきます。みんなによろしく!」 
水を探しに谷へ下りたのだろうか? 
谷へ向かってヒドルは飛行鍋を進めた。
遠くの空には信号を見て集まった飛行鍋が見える。

谷底には細い川が流れていた。
ヒドルは、すぐにボロ切れを振って助けを呼ぶ遭難者を見つけられた。
彼はもう一度空に向かって信号弾を撃つと、降下する。
「大丈夫でしたか!」 
「遠くに竜が見えたんで、谷底に隠れたんだ」 

怪我人が何人もいる。
ヒドルは無意識にウェイシィを探していた。
「あの、あともうひとり……」 
「え?」 
「もうひとり、女のひとがいたのですが……」 

聞くと、遭難者の一人の女性が、
どこかへ行ってしまったというのだ。
「音楽が聞こえる……とか言って行ってしまいました……」 
「ありがとう。さっそく探しに行きます」 
音楽? こんな山の中で? 

一団のなかにウェイシィはいなかった。
もしかしたら……その女性かもしれない。
上流の方へ行ったと聞き、
赤茶けた生命の気配のない川を上る。
音楽なんて何も聞こえない……と思い始めたときである。

風の音に混じって、不思議な音が聞こえ始めたのだ。
聞いたことがある音だと彼は思った。
ウェイシィの弾くエキルストリングの音によく似ていた。
音に吸い寄せられるように、
ヒドルは音の先へ飛行鍋を向かわせる。

川の上流、あちこちの洞窟から湧水が流れ出している場所、
そこから音が響いていた。
そこへ向かう一人の女性……ウェイシィだ。
ヒドルの飛行鍋は速く、追いついたのだ。
「ウェイシィさん!」 

ウェイシィはヒドルの呼ぶ声が聞こえないかのように、
ふらふらと音の先へ吸い寄せられていた。
ヒドルは飛行鍋を着地させ、彼女に駆け寄った。
「よかった、ウェイシィさん。帰りましょう」 
ウェイシィははっと眼が覚めたように振り返る。


3


「この音が……わたしを連れていこうとするの……」 
ヒドルは急に気になった。何故こんな山奥で音楽が。
「この音の正体を確かめたら、帰りましょう」 
「……」 
「そうしましょう」 

「ええ……」 
ウェイシィは心ここにあらずといった様子で答えを返した。
音は眼の前の洞窟から聞こえてくる。
ヒドルは飛行鍋から懐中電灯を持ちだすと、
洞窟に向かって歩き始めた。ウェイシィと共に。

洞窟は暗く湿っていた。涼しい水の香りがする。
足元は湧き水と綺麗な砂で満たされ、二人の靴を濡らした。
懐中電灯で先を照らすヒドル。
そこには……彫像が並んでいた。
まるで何かに聞きいってそのまま石になったような……

彫像たちは何かを取り囲むように狭い洞窟に密集していた。
その中心を懐中電灯で照らす……。
不思議なものがそこにあった。
錆ひとつない鈍く光る銀色の金属機械。
絃のようにワイヤーが張ってあり、繊細な機械に繋がれている。

天井から鍾乳石を伝って水滴が落ちる。
それが絃に落ちると、なんとも切ない、不思議な音がするのだ。
ヒドルは怖くなってしまった。
この音は……余りにも美しすぎる。
永遠にここにいてこの不思議な音楽を聞いてみたい……

いやだ!
彼は心の奥でそう思った。
このままこの音楽を聞いていたら、ウェイシィの音楽を忘れてしまう……
そういう恐怖感が生まれた。
彼はその瞬間我に返って、ウェイシィを抱えて洞窟を転がるように飛び出した。

飛行鍋に飛び乗り、どこまでもどこまでも逃げた。
音が聞こえなくなるまで、どこまでも、どこまでも……。
ヒドルは気付いたら病院にいた。
あの後、救助隊に保護されたらしい。
逃げている間の記憶は全く残っていなかった。

ウェイシィは先に元気になったらしい。
驚いたことに、彼女は飛行船が墜落してからのことは
何一つ覚えていないらしい。
すぐに退院して元気に仕事に復帰したそうだ。
もうひとつ奇妙なことに……

ヒドルがウェイシィを探しに行ってから救助されるまで
1週間が経っていたらしい。
もし、あそこで我に帰らなかったら、
あの彫像のように石になっていたのだろうか……。
もう今ではあの美しすぎる音楽は思い出せなかった。

――余りにもよくできた楽器は、山に捨てに行くのさ
  それはとても、とても……よくできすぎているからね――
(楽器製作者に伝わる有名な説話より)








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