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「天体到達者」
そんなに長くない不思議の世界の冒険譚





リングレは天高く昇っていた。
調査用の小型飛行船に乗り天を目指す。
遥か宇宙の彼方、たくさんの星座が彼を出迎える。
太陽は地盤の下へと隠れ、雲は遥か眼下。
暗い天球の闇が視界を塗りつぶしている。

天球構造体にもうすぐ到達する。
それは空の遥か上に大地を包み込むように存在している。
魔力の作った泡のようなものだ。
硝子のように硬く、恐るべき強度と修復能力を持つ。
太陽と月はこの構造体の向こう側にある。

彼は窓を覗いた。世界一の高さを誇る聖なる山が見える。
故郷ではレギングロースと呼ぶ。
何せ世界中から確認できる山なので、世界中に違う呼び名があるのだ。
この山は高すぎて天球構造体を貫通している。
リングレはその天球構造体を調査しに来たのだ。

あと10分で構造体に到達する、はずだ。
彼はポットの紅茶をすすり昼食のビスケットを齧った。
外は凍るほど寒い。
この世界は大地の奥底にある地殻コアに近づくほど暑くなり、
天球構造体に近づくほど寒くなる。そういう仕組みだ。

ヒーターの設定温度をさらに上げ、かれはマフラーを締め直した。
防寒具には薄く霜が張り、動くたびに薄氷が零れた。
まつ毛も凍る世界。
リングレは調査器具の準備を始めた。
ドリルのような尖った器具。クランクで回せるようになっている。

軽い魔力は上空で冷やされ、さらに地殻コアの波動から解放され、
地上では人為的にしかなしえない結晶体構造をとる。
それが積み重なったのが天球構造体だ。
無限に上昇するかに見えた調査飛行船が何かにぶつかり止まった。
軽い振動。天球構造体に到達したのだ。

リングレは命綱をしっかりと結び、小型飛行鍋に乗りこむ。
小型飛行鍋は文字通り寸胴鍋のような円柱の飛行器具で、
エネルギーを浮力に変換し浮かぶことができる。
……短時間だが、十分だ。
天球構造体は完全に透明な物体で、遠くの銀河がはっきりと見える。

飛行鍋をギリギリまで接近させる。
真上に手を伸ばすと手袋が魔力の結晶……天球構造体に触れた。
調査器具を持ち、構造体に突き立てる。
そしてそれのクランクをぐるぐると回す……
調査器具はポケットのバッテリーとコードで繋がれ、ドリルに熱量をおくる。

天球構造体はかつての時代時代の魔力が積層している。
それを採掘すれば……地上では分からなかったものが見えてくる。
古代から現代までの魔力パターン……分析すればかなりの学術的価値だ。
地上で魔力産業文明が発達すれば、その廃棄物などの痕跡がわかる。
そこからかつての超文明の実態を探るのだ。

吐く息が白い。体力的に限界だ。
そろそろ調査を打ち切り帰還しなければ。
調査は何回も根気よく続けるしかない。
今日の構造層の分布は採取した。
そのとき、リングレは上を見た。そして、驚愕した。

天球構造体の外側に誰か立っている!
赤い肌の全裸の女性……髪の毛は肩でバッサリと切ってある。
燃える瞳でこちらを見下している。
神話に語られる神々の一柱……
ある戦いの女神を彼に思い起こさせた。

その女性はこちらを一瞥すると、
笑みを浮かべながらゆっくりと向こうへ歩いていった。
足跡が赤く滲んでいる……
それは構造体に浸透してこちらに沈んでくる。
やがてそれはこちら側に露となって滲みだしてきた。

露に気を取られている間に、女性はどこかへと消えていた。
リングレは試験管をポケットから取り出し、
その赤い露を注意深く採取した。
おそらく……彼女は神であろう。
ここは神と人間の住む世界の境界なのだ。

人類はこの世界を際限なく研究し尽くそうとしている。
そして、天球構造体にさえ到達した。
行く先は神の領域。
リングレは飛行鍋をゆっくりと降下させ小型飛行船に帰還する。
すっかり長居してしまった。はやく帰らねば。

リングレは先程出会った神のことを考えていた。
バルブを閉め、気嚢圧を下げ小型飛行船はゆっくり降下していく。
彼女は……神に近付きつつある人類……わたしに……
笑いかけたのだ。
あたかも始めて2本足で歩いた我が子を見るような目で。

人類の成長を、彼らは見ている。
やがて自分たちさえ追い越していくのもわかっていて……? 
いまはまだ、彼らの思惑はわからない。
ただ、あの優しい笑みだけは……
いつまでも記憶から消えなかった。

小型飛行船は涼しい夜空をどこまでも降下していく……







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