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「看板娘」
そんなに長くない不思議の世界の冒険譚




帝都の空にはいつものように灰色の雲が渦巻いていた。
見渡す限り広がるセラミックの街。
無数にある煙突からは白煙黒煙さまざまな煙が立ち上る。
煙を吸い込んだ空からは濁った雨が降り注ぐ。
ここは灰土地域最大の都市だ。

列車が警笛を高鳴らせて過ぎ去っていくガード下、
メイの店はそこにあった。
セラミックプレートが整然と敷き詰められた道の交差点の角。
人の気配は少なく、汚れた廃水がそこらじゅうから流れ出し、
さらに下の排水溝へと流し込まれていく。

治安はあまり良くない。澱んだ空のように人々の心にも影があった。
街には最近行方不明者が出る事件が相次いでいる。
しかし、メイは持ち前の明るさと愛想のよさで生きてきた。
汚泥の中にも草は生え花が咲くように、
このガード下に彼女は強く生きていた。

ある夏の朝、いつものように食材のコンテナを受け取る。
100シリングで購入したのは、いくつかの業務用調味料と
数種類のきのこの山だ。
帝都での一般的な主食は地下培養施設で大量生産されたきのこだ。
メイの店はきのこ販売店なのだ。

きのこを売るだけでは、大型の商店に敵わない。
秘伝の味付けで調理した惣菜を売ることで経営が成り立っている。
メイと、彼女の父の二人だけの経営だ。
しかし父は病床に伏せてしまって、実質的にメイが経営を取り仕切っている。
祖父の代から続く小さな店である。

メイの店の看板メニューは白きのこの特性ソース煮込みだ。
きのこを煮込むだけでいいし、いつでも温かいものを出せる。
この日は朝から客が入り、いつも通りの売り上げとなった。
父が病気とは言え、二人だけを養うには十分な売り上げになれる。
あっという間に時間は過ぎ、夕方、そして夜になる。

また列車が通り過ぎていき、店がきしむ。
天井からつり下がった電灯が揺れ、明滅する。
もうすぐ夜の21時。閉店の時間だ。客はいない。
冷めたきのこの炒め物をフライパンに戻し、温める。
と、その時である。

ドアのベルが鳴り、誰かが入店する。
マントとフードを被り、身長から男のようだとしか窺い知れない。
「いらっしゃいませ♪」 
メイはいつものように笑顔で答える。
男は無言で近寄ってくる。

しばらく男は無言でメイを見つめていた。
メイは不思議そうに笑顔のまま首をかしげる。
「ご注文はありますか?」 
愛想良く彼女は男に語りかけた。
男はカウンターの前で立ち止まった。

そして、メニューを指さす。白きのこの特性ソース煮込みだ。
「あら、これかしら。まいど♪」 
男は頷く。ちょっとシャイなのかもしれない。
紙製の小鍋に味のしみたきのこをいれ、封をする。
カウンターに戻ると、男はすでに代金を置いていた。

男は小鍋を受け取り、フードの奥で優しく微笑む。
「えへ、またいらっしゃってくださいね♪」 
メイはそう言って代金を手に取る。
そのとき、列車がまた通った。
店はきしみ、電灯が揺れ明滅する。

男は黙ったまま店を出ていった。
メイは時計を見る。21時だ。
温めた炒め物は夕食にしよう。
そうして彼女は店を閉めた。
それが彼との初めての出会いだった。

彼は一週間に一度くらいのペースで閉店間際にやってきた。
話すことはほとんどなく、
いつも白きのこの特性ソース煮込みを注文した。
少々不気味だったが、常連客であることには変わりない。
メイはそのたび愛想よく接した。

2ヶ月が経っただろうか? 
いつものように彼は閉店間際にやってきた。
「あら、いらっしゃい。いつものかな?」 
しかし、その日は様子が違った。
彼は戸口に立ったまま一歩も動かない。

不思議がるメイに、彼は初めて口を開いた。
「もう、ここには来れない」 
「えっ……どうして……?」 
味に飽きられたか心配するメイに、彼は語りかける。
「僕がここに来たのは、最初は君が目的だった」 

動かず立ったまま語り続ける。
「君を今度の儀式の生贄にする……占いではそう出たんだ」 
彼は魔法使いだったようだ。超越的な力を持つ彼らは、
時として一般人を犠牲にする。行方不明者の大半の原因だ。
「だけど、この店に来て、君の笑顔を見たら……その思いは消えてしまった」 

「何度も君をさらおうとした……そのたび、決心は揺らいだ」 
「もう無理だ。君を襲うことはできない」 
メイは黙って聞いていた。列車が通り、店がきしみ、電灯が明滅する。
「さようなら。もう君を狙うことは無い……きのこはおいしかったよ」 
店から出ようとする彼に、メイは声をかけた。

「そんなこと言わずに、また買物にきてください……!」 
男は、驚いて振り返る。
「僕は殺人鬼の魔法使いだぞ……」 
「帝国法では魔法殺人は合法だし、それにあなたは私を殺さないんでしょう?」 
「あなたは大事なお得意様なんですから、気にせず今後ともよろしくお願いします♪」

メイは笑顔で答えた。それを見た男は、黙って店を出る。
店に沈黙が流れた。
列車が通り、店が揺れ、電灯が明滅する。
「変な魔法使いさんもいたものです……」 
メイは静かな店内でひとりつぶやいた

それから、彼は姿を現さなかった。
相変わらず、街には暗雲が立ち込め、
今日もどこかで猟奇殺人が起こる。
廃水は上から下へと滴り落ち、
遥か下の澱みへと流れ込んでいく。

しかし、閉店間際になると、やってくるのだ。
一匹の蝙蝠が、代金と注文のメモを持って。
メイは、蝙蝠にいつものように白きのこの特性ソース煮込みを持たせるのだ。
そしていつも、ほんの数行の手紙を持たせる。
この奇妙な文通は、しばらく続いた……

街の灯は、今日も灯り続ける







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