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「夏風に乗って」
そんなに長くない不思議の世界の冒険譚




青空には積乱雲が立ち上り、
蝉の声が響き渡る。
灰土地域には木々はまばらに生える程度だが、
南の山沿いは比較的木が多い。
木陰に腰をおろし、うたた寝をする

もう1週間も待っているのだ。
夏になると、ヤツがやってくる。
イリェは待っていた。
もうそうそろ諦めかけていたが、
その時をずっと待っていたのだ

イリェはつばの大きい白い帽子をかぶっている。
白いワンピースのすそは短く、
青い丈の短いズボンがよく映える。
地面は渇いた砂に覆われ草はまばらだ。
風が吹くたび砂埃が舞い上がる

不意に目を覚まし、空を見上げる。
ヤツが来たような……そんな感覚。
夢だったのだろうか? 
イリェがヤツを追い求めるのには理由がある。
記憶の旅……そのいちばん昔の頃

遠い遠い昔の夏、
彼女は”そいつ”に出会った。
そのときイリェはまだ幼い少女であった。
傍には父がいて、その日もこんな晴れた夏の日であった。
イリェは、空に浮かぶ”そいつ”を見つけた

家族で旅行に来た南の森。
夏風の吹く空には背の高い積乱雲。
イリェは森で見つけたとかげを追いかけて森を走る。
すると、突然の影が彼女を覆った。
空を見上げると……木々の間から、巨大な”あいつ”が見えたのだ。

あまりの恐怖に立ちすくんでしまった。
しかし、いつのまにか父が傍にやってきて、
イリェに微笑みかける。
「怖いかい? 大丈夫。あいつは何もしないよ」
”あいつ”はゆっくりと空を横切っている

「あいつは……名前はなんだったかな?」 
「夏になると、夏風に乗って現れるんだ。お父さんも小さい頃よく見たよ」 
「最近はあんまり見ないけどね……ほら、バイバイしてやれ」 
イリェは怖がりながらも手を振ってバイバイする。
”あいつ”の眼が動く。確かにイリェたちを見て、空を横切って消えていった

それ以来ヤツを見たことは無い。
父は数年前に病気で亡くなってしまい、
ヤツの正体を聞けずじまいだった。
久しぶりに大きな休暇を取れたので、
バカンスも兼ねて、こうして遊びに来たのだ

巨大な積乱雲は空いっぱいに広がり、
乾いた夏風は暑さを和らげてくれる。
照りつける太陽が心地いいがとても暑い、
木陰で休むと自然と眠気が襲ってくる……

不意に、誰かの足音が聞こえた。
振り返ると、森の奥から一人の男が歩いてきた。
白い半袖シャツに、黒いズボン姿で帽子は被っていない。
上を見ながらふらふら歩いてくるのだった。
イリェは声をかける。

「こんにちは」 
「あ、あ、こんにちは」 
男――いや、青年は、びっくりして視線を下げる。
「お嬢さんはバカンスで? ここの森はハイキングの人気が高いんですよねぇ」 
「ええ。森林浴というか……何日いても飽きませんわ」 

青年はたまにちらちら上を見ながら世間話を続ける。
「僕はこの近くの生まれで、散歩がてらによくこの森に来るんですよ」 
「春は色とりどりの花が咲き乱れるし、秋は紅葉が綺麗だし……すばらしいとこでしょう」 
「ええ。わたしもこの森が大好きですわ。ところで……」 
イリェは気になっている質問をする

「さっきから上を見て、何を探してらっしゃるのですか?」 
「あ、ああ……今頃の季節になると、夏風に乗ってあいつがやってくるんですよ」 
イリェははっとした。彼の探してるものこそ…… 
「もしかして、それって……」 
「あ、いた! やっと見つけた!」

イリェは彼の見ている空を見上げた。
そこに……”あいつ”はいた! 
黄色がかった象牙色の四角錐型の身体。
下の4つの頂点からは、風鈴のようなものがぶら下がっている。
身体には……大きなひとつの眼

眼から光のビームのようなものがぴかぴかと出てきている。
ヤツこそ……イリェの子供のころ見たものに違いなかった。
「お兄さん、アレがなんだか御存じなのですか!?」 
彼女が質問するよりはやく、青年は動きだした。
”あいつ”をにらみ、膝を曲げる

次の瞬間、凄い高さまで飛びあがり、四角錐の上の頂点にしがみつく! 
「お嬢さん、それじゃ……さようならっ」 
青年を乗せた四角錐の”そいつ”は凄い速度で上昇していく!
イリェはあっけに取られて、ただ見ているしかできなかった。
やがて四角錐は雲の向こうに消えていく

結局”あいつ”の正体どころか、名前さえわからなかった。
しかし、幼いころ見たヤツが、幻ではなかった、それだけはわかった。
そして、あの青年のこと……。
「謎が増えてしまったではありませんか……! うふっ」 
そう笑って、彼女のバカンスは終わったのであった








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