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――楽園の展望


 ある辺境の村には奇妙な言い伝えがある。その村から薄くぼんやりと見える街がある。その街はとても魅力的に映り、村人や旅人がその街に行けば悩みや苦しみから解放されると言ってたびたび旅立つのだ。そしていまだかつて誰一人帰ってきた者はいない。

 その村に一人の男がいた。彼は若くして交易で財をなしたが、彼もまたその街に惹かれた者だった。来る日も来る日もあの街のことを口にし、虚ろな目を街の影に向けた。村人たちは男がもう長くない、すぐにでも旅立ってしまうと噂した。

 しかし男は違った。ある日から彼は村の外れに櫓を建て始めたのだ。彼はその建設に金を惜しみなく使い、また、行商人から不思議な機械を買い付けるようになった。男はまだ30代、老後の楽しみには早すぎたが、彼は仕事もせず買物と建設に明け暮れた。

 ある日村の若い娘が男の元を訪れた。変わり者のこの男が気になってきたのだ。男は櫓の建設をする大工を監督していた。
「こんにちは。櫓で何をするんですか?」 
「ああ、お嬢さん。僕は楽園を見つけるのさ」

 男の返答はいつだってそうだった。楽園を見つけるため。それを繰り返した。今までの者たちは楽園を目指し遠く旅立っていった。しかし男は櫓で何をするつもりなのだろうか? 娘はだんだん興味が湧いてきて、足しげく男の元を訪ねた。櫓はとうとう完成し、男は櫓にこもるようになった。

 男は櫓の中で買い付けた機械を組み立て巨大な装置を作っているようだった。娘は飽きることなくその様子を見つめていた。男は金が無くなると家具や土地を売って資金にした。娘は何度も男の様子を見に来た。彼の手に入れようとする楽園がだんだん気になってきたのだ。

「楽園を目指して旅立たないの?」 
 ある日娘は男に問う。何故彼はこの村で楽園を手に入れることを考えているのだろうか? 男はあの街の真実だという話を語った。
「あの街は理想の街なのさ。誰もが思い描く楽園があの街に見える」 

「だが、あれは幻想だ。だれも辿りつけない。途中でみな行き倒れる。だから、俺はあそこに行かずにして楽園の全てを手に入れたいんだ。」
 男はそう嬉しそうに語った。彼は、理想との間には距離感が必要だの何だの言っていた。その瞳は少年のように輝いていて、娘はそれをずっと見つめていた。

 やがて機械が完成した。それは巨大な望遠鏡らしく、男は毎日楽園の街を覗いては、その様子を絵や文字で書きとめた。たくさんの夢や希望がそこにはあった。誰もが恋い焦がれ、追い求めているものが全てそこにあったのだ。男は集めたそれらを次々と本にした。

 本は彼のような楽園を夢見る者たちに売れた。楽園に恋い焦がれたときその本を読むと、まるであの街にいるような気になるというのだ。やがてあの街を目指して旅に出るものはいなくなった。そして今日も娘は男のいる櫓を訪ねる。男は執筆に夢中のようだった。

 娘はくすりと笑って望遠鏡をこっそり覗いてみる。すると、そこには楽園の街が広がっていた。街外れの一軒家を覗く。すると、櫓の男がそこにいて、ふかふかのソファーに腰かけているのだ。誰かが隣に寄り添っている。娘は、それが自分だと気付くと顔を赤くして望遠鏡から身を離したのだった。

――娘は、楽園のふたりが幸せそうに身を寄せ合い一緒に本を読んでいた光景がいつまでも目に残っていた。










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