――水たまり


 帝都の路地裏、分厚い雲の立ち込める夕暮れ、ククキはぶらぶらと街を散策していた。気分転換のこの散歩はたまにささやかな発見をくれる。ククキはまだ仕事を持っていなかった。彼にも誰かの役に立ちたいという目標はあったが、街は彼を必要とはしていないのだ。

 当てもなくただ街をさすらうククキだったが、ふと彼は路地裏の地面に不思議な水たまりを見つける。それは鏡のように奇妙に光を反射していた。よく見ると小さな物が近くで動いている……近寄ってみるとそれは鉱石シルフだとわかった。手のひらサイズの4人だ。

 4人は一生懸命綱を引いている。綱の先はきらきら光る水たまりに消えていた。
「ドッコイショー! ドッコイショー!」 
 何を引っ張っているのだろうか? 彼らはみな少年のような風貌の男たちだった。もっとも鉱石シルフは皆幼い顔をしているので年齢はわからない。

 不思議な光景だった。こんなぴかぴかの水たまりは見たことが無いし、鉱石シルフもそう日常的に出会うものではない。ククキは奇妙に思ったが、これもささやかな発見だろうか、何かいい経験にでもなるのではと思い返す。

「何をしているのですか?」 
 ククキは好奇心から声をかけることにした。鉱石シルフたちは汗をぬぐい彼を見上げた。かなり疲れているようだ。
「ぼくたち漁をしているのです、網を引っ張っているのです」 

 なるほど、水たまりで何が獲れるか皆目見当もつかないが、ククキは暇だったので彼らを手伝うことにした。
「手伝いましょうか? 手が空いていますし」 
「助かる、綱を引っ張ってくれ!」 

 ククキは綱を引っ張る。すると、確かな手ごたえを感じる。この水たまりはどこに繋がっているのだろうか? 近くにいてもぬらぬらと油のように輝くだけで全く底が見えない。綱はまるで魚がかかっているかのようにびくびく動いている。彼は力をこめてズルズルと綱を引っ張った。

 突然綱が軽くなる。次の瞬間、大きな影が水たまりの水面に跳ね上がった。鉱石シルフたちは喜び勇んで影に躍りかかった。きらきらと銀色のしぶきを上げて何かが水たまりで踊っている。やがて影は動かなくなり、鉱石シルフ達は浮かび上がってそれをゆっくりと持ち上げた。

「こんなものが釣れるのか……?」 
 驚くことに、その影は大きな卵だった。すべすべした卵のてっぺんが欠けていて、綱の先がそこに繋がっていた。鉱石シルフたちは着地して、嬉しそうに卵を神輿のように担ぎあげた。
「お兄さんありがとう!」 

 ククキは綱を返そうとしたが、鉱石シルフ達はそれを断った。
「お兄さん、すごくスジがいいよ。きっとその綱で何でも釣れるよ。お兄さんの手にあるべきだよ」 
 よくわからない褒められ方をしてククキは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 鉱石シルフが綱を引っ張ると、鉤付きの綱の先っぽが卵からぴょんと飛び出してくる。鉱石シルフはそれをククキの手に握らすと、卵を担いで意気揚々と路地裏に消えていったのだった。

 それから大分時が過ぎた。ククキはささやかながら仕事につけたが、綱はあのまま納屋にしまってある。どうやら卵を釣り上げる才能があるらしいのだが――

 残念ながら、あの銀色の水たまりが見つからないのだ。










もどる