お題:千年 熱 空


 その村には奇妙な名所があった。広い草原のど真ん中にある小さな村。遊牧民が住んでおり、村の場所は数年で変わる。羊や馬を育てては、肉や毛皮を売って暮らしていた。しかし奇妙なことに……村の南西の空に小さく気球が見えるのだ。

 気球が空を飛んでも何の不思議も無い。だが、その気球のおかしい所は、毎日いつ見ても南西の空の同じ場所にぽつんとい小さく浮かんでいるということだ。しかも何年も、何十年も浮かんでいるのである。

 数年で村の場所は移動になる。しかし移動中も、移動先でもその気球は南西の同じ場所に浮かんでいた。村の長老の子供の頃にはすでにあったという。伝説的に何世代にもわたって語り継がれ、もはやいつからそこにあるのかさえ分からなかった。

 ある日、村の血気盛んな青年が、気球の謎をつきとめると言って馬を駆って旅に出た。彼は幼いころから気球を見て育ってきた。誰があれを飛ばしているのだろう、誰があそこに乗っているのだろう。いつもそればかり考えていた。

 千里の草原を駆け抜け、彼は気球を追い続けた。草原はどこまでも広く、果てが無いように思えた。しかしいくら旅を続けても、気球の大きさすら変わることはない。すでに5年が経とうとしていた。

 長い旅は永遠に続くかと青年自身も思ったが、とうとう景色に変化が訪れる。山が現れたのだ。青年は生まれて初めて山を見た。大地がこんなに積み上がっているなど想像したことも無かった。彼の情熱は湧きたち、さらに馬を急がせた。

 しかし、とうとう馬も力尽き、彼は自力で山を登ることとなった。不思議と、食料や水の補給は必要としなかった。青年は、とうとう山の頂上に梯子を見つけた。上を見上げると……気球が頭上にあるのだ!

 彼は喜び勇んで梯子を上った。しかし、上るにつれ奇妙なことに気がつく。気球が、とてもぺらぺらと平たいのだ。

 梯子を登りきった時、そこには不思議な空間があった。硝子の床板が宙に浮かんでいる。そこに立っているのは、気球の形をした看板だった。看板の下には一つの古ぼけた日記があった。

 青年は日記を読んでみる。すると、そこにはこう書いてあった。

「ここが世界の果てである。わたしはここまで世界を創造した。しかし、わたしの努力もここまでのようだ。千年かかったが、世界をすべて創造するには時間が足りなかった。わたしは世界の果てに目印を置いた。いつか誰かが、世界の果ての印に夢を抱き、旅に出るだろう。彼の情熱ならば、この世界の続きを作るのに十分だ。どうか、頼む」

 青年は山の向こうへと視線を映した。いままで見ようとして理解できなかったもの……山の向こうには……描きかけの巨大なキャンバスの布地が垂れ下がっていた。世界の果ては、いまだ未完成であった。










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