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――遅咲きのキャンバス


 子供の頃、叔父に種をもらったことがある。その種は外国の綺麗な花と聞いていたが、どこの国かも、どんな花かも教えてくれなかった。叔父はよく世界中を旅し、変わったお土産を僕にくれたのだった。さっそく植木鉢に種を入れ、種を埋めて水をやることにした。

 しかし来る日も来る日も水をやったのに、植木鉢の種は花はおろか芽さえ見せてはくれなかった。いつのまにか水をやるのをやめ、植木鉢はそのまま倉庫に置いたままになった。それから何年もたち、僕は大人になった。来る日も来る日も忙しい仕事の毎日だ。

 慌ただしい日々は僕の心をすり減らし、僕はすっかりくたびれてしまった。叔父は今でも世界中を飛び回っている。今でも旅行先の見たこともない国の絵はがきを送ってくれるのだ。僕は叔父のように生きたいと思っていたが、自分にはその力が無いと思っていた。

 ある日探しもので倉庫を開いたとき、例の植木鉢を見つけた。土はもうすっかり乾ききっている。でも僕はその植木鉢が急に懐かしくなって、また水をやりつづけることにしたのだ。もう遅いかもしれない。でもこれで少しでもあの叔父に近づけるような気がしたのだ。

 叔父のように生きるにはどうすればいいだろう? 僕にもささやかな夢があった。子供の頃から絵は得意だったので、画家として生きる夢があったのだ。しかし上には上がいるもので、僕はすっかり絵を諦めてしまっていた。絵をまた描き始めれば、少しでも叔父に近づけるだろうか?

 心をすり減らしていく日常の中で、僕はずっと叫びたい気持ちを押し殺していた。この叫びをぶつけられたら、いい絵が描けそうな気がする。僕は久しぶりにキャンバスを倉庫から発掘し、白い空白に絵の具をぶちまけた。題材は、花だ。芽の出なかった植木鉢がモチーフだ。

 咲かなかった花だけれど、僕は絵の力で植木鉢から力強く伸び満開の花を咲かせる絵を描くことで供養しようと思ったのだ。叔父の土産が無駄になったような気分をずっと抱えていた。それを今昇華しようとしたのだ。色とりどりの花が次々と描かれていった。

 しかし、どこか納得できなかった。描くたびに色彩は濁り描線はねじれていく感覚に襲われ、ついにはキャンバスを破いてしまった。もう自分の感覚は衰えてしまったのか。空白が長すぎたのか……僕はすっかり疲れてしまった。そしていつもの日常に戻った。

 また同じ日々。擦り減っていくだけの毎日。心の中で叫びが大きくなる――これで終わりなのか? 僕はここで止まったら、もう叔父には近づけない……そんなことが頭をよぎった。もう一度だ、もう一度描いてみよう。ある疲れて夜遅く帰った日、僕は再び筆を執った。

 そして夜遅くまで絵を描き、朝目覚めた。眠い目をこすり起き上がる。アトリエのソファーで寝ていたらしい。花が二つある。2枚も描けたのか、と思ったが、違った――。

――そこには植木鉢から伸びて爆発するような勢いで咲く綺麗な花と、それを模写したかのような素晴らしい花の絵があった










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