――猫の秘宝


 この街には猫が多い。猫は帝国製セラミックプレート規格の道路にも気にせず自由に生きている。人々は決まった生活、決まったサイクルを生きているが、猫はお構いなしにそこらじゅうで昼寝をしている。ミエクはそんなこの街に生きる人間で、決まったように買い物に来ていた。

 今日の買い物でミエクはベーコンのブロックを買った。肉屋の店先にはたくさんの肉が陳列されていたが、ベーコンが特に目を引いたのだ。彼は料理をよくするほうではなかったが、ベーコンは日持ちもするし肉を食べたくなった日においしい思いをできる。

 買ったベーコンを油紙に包んでもらって買い物袋に収める。買い物時間はもうすぐ終わり。いまは4時で7時から夜勤だ。肉屋の店先にも猫が何匹かいて肉をおいしそうに眺めていたが、猫除けのまじないがしてあり近寄れないのだ。猫は店員に箒を振り回されて散りぢりに逃げていく。

 ミエクは猫を気にせず帰り道を急いだが、猫の一匹がずっと彼の後ろをつけてくることに気付いた。その猫はミエクの視線を浴びると、ニャーオと笑いお座りをした。そして奇妙にもその猫は話しかけてきたのだ。
「兄貴! 兄貴! ベーコンが欲しいんだ!」

 話す猫とは一体どんなまじないだろうか。妖怪かもしれない。
「これは人間の食い物だ。猫には毒だよ」  
「そんなぁ! 兄貴! オイラ話せるだろ? 半分人間みたいなもんだよ!」 
「人間と言うのはビジネスで動くもんだ。おいそれとは恵まないよ」 

 ミエクは歩いて去ろうとするが、猫はその先に回り込んで訴える。
「仕方ない、オイラの秘宝をあげるよ! これはすごい貴重なんだよ」 
 そういう猫は毛づくろいをするような仕草をすると、いつの間にか何かを持っていた。

 それは暗褐色の勾玉だった。猫の爪のように鋭い意匠だ。ペンダントなどにできるよう穴が開いている。なるほど、これが貴重な秘宝かとミエクは見た。
「これを持ってるといいことが起こるんだよ」

「いいこと?」 
「毎晩美しい女性と夢で逢えるんだよ! 効果は約束するよ」 
 なるほど、嘘かもしれないがミエクは妙にそれが気になった。ベーコンは楽しみだがいつかなくなってしまう。この秘宝はずっと味わえるかもしれない。

 それに嘘だったとしても話せる猫に騙されるのもいい笑い話だ。ミエクはその商談に乗ることにした。その猫は大喜びでベーコンを担いで去っていってしまった。ミエクの手には若干ぬくもりを帯びた秘宝が残されたのだった。

 その晩彼は夢を見た。夢の中で彼は美しい街中のカフェテリアに座っていた。大通りの雑踏から花壇で区切られ、客も少なく落ち着いていられる場所だ。日は優しくテーブルを照らし、柔らかな陰影を象る。テーブルには二人分のワインがあった。自分のものと、対面に一杯。

 誰か来るのだろうか……ふと、彼は秘宝のことを思い出した。爪の勾玉はペンダントになって首にぶら下がっている。ミエクは通りを行き交う女性たちに目を移らせた。誰が来るのだろうか……美しい女性とは聞いているが。一匹の猫が足元に寄ってきた。料理のおこぼれにありつきに来たか?

 しかし待てど待てども女性は現れない。ただ時間が過ぎていく。彼は妙に懐くその足元の猫をあやしながら待つことにした。猫もいいものだ。いまだ来ないその美しい女性もこんな猫みたいに愛らしいひとなのだろうか……そこで彼は気付いた。

 その猫は、メス猫なのだ。もしかして、もしかすると。
「ははぁ、猫の秘宝だから、美しい女性と言うのはメス猫のことだったんだな……はは、騙された」 
 その毛並みの美しい猫は、それに応えるようにニャーンと鳴いた。

 猫と過ごす夢も悪くない。彼はその秘宝の力で、毎晩猫と遊ぶことにした。夢の中で彼は、自由に、のんびりとした時間を過ごしていた。まるで街を行き交う猫のように……。










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