お題:君・真夏・秋桜


 コスモスが一面に咲いている。どこまでもコスモスの絨毯が続いていた。その中を割って歩く娘がいた。彼女は麦わら帽子に、青いシャツと揃いの青いスカートをはいている。ホホホと笑う彼女は、腕をゆらゆらと揺らした。そのたびに、コスモスが地面からスルスルと伸びてきて、ピンクの花を幾つも咲かせた。

 そこで青年は目を覚ました。どうやら夢を見ていたらしい。コスモスの夢……おかしい話だ。今は真夏だというのに。太陽が燦々と光を振りまき、入道雲が山並みの向こうからずいずいとせり上がってくる。青年はワンルームのアパートで冷房も付けずに横になって昼寝をしていた。日曜だから昼寝をしていてもかまわない。

 窓は開けたまま寝ていた。カラッとした夏風が気持ちよく吹き込んでくる。日の光が大きく部屋の中に日だまりを作り、彼は半裸のまま汗だくで眠っていた。季節はずれな夢だった。秋晴れの空に涼しい風が吹くような夢だ。それはそれで気持ちのいい夢だったが。彼は額の汗をぬぐうと上体を起こした。

 青年は胡坐をかいて座った。だいぶ汗をかいたらしい。喉が渇いていた。何かを飲もう……そう思って彼は冷蔵庫に向かって歩き出した。水道水はぬるくて飲めたもんじゃない。冷蔵庫にお茶が冷やしてあったはず……彼はそれを思い出した。

 冷蔵庫を開く。すると、そこから風が吹いてきた。冷蔵庫の向こうに……秋があったのだ。夢で見たままのコスモス畑が冷蔵庫の向こうに広がっていた。彼は目をぱちくりさせた。何が起こっているのだろうか。すると誰かの手が冷蔵庫のへりにかかった。

 そして、夢で見た少女が冷蔵庫の向こうに現れたのだ! 彼女はホホホと笑い、腕をゆらゆら揺らした。

「き、君は!?」

「秋へおいでよ。ここは素敵な世界だよ。ずっと秋が続いていく……あなたもきっと気にいると思うよ」

 そう言って彼女は青年の腕を掴んだ。そこからスルスルとコスモスの枝葉や幹が伸びていく。コスモスは冷蔵庫の向こうから爆発的に伸びてきて、部屋を侵食し始めた。彼は娘の手を振りほどき冷蔵庫の扉を閉めようとする。だが、なかなか閉まらない。涼しい秋風が吹き荒れ、部屋の中が緑とピンクで埋め尽くされていく……。

 そこで青年は目を覚ました。どうやら夢を見ていたらしい。コスモスの夢……おかしい話だ。今は真夏だというのに。夢の中で夢を見ていたようだ。彼は今度こそ現実に戻ってきたことを確認し、額の汗をぬぐったのだった。

「秋は待ってくれ。夏もなかなかいいものだよ」










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