――人形遣い師


 ”それ”は地震が起こった夜、人知れず山肌から転がり落ちふもとの街に向かって進み始めた。それはすべすべした球体に昆虫のような6本の足を備え、わしゃわしゃとまっすぐに歩いていた。鉄のように鈍く銀色に光る素材でできたそれは機械のようだった。人々は恐れ、旧世代の災厄だと噂した。

 その街……古代の遺跡が多く残る古い都、ナィレン。ナィレンの自治体はその機械を破壊すべきだとして、冒険者を雇うことにした。しかし、自治体には金がなく強力な魔法使いなどは雇えるはずもなく、この地方で比較的名をあげていただけのミェルヒとエンジェを雇うことにしたのだ。

 そういうわけで、赤錆のくたびれた鎧を身にまとった騎士ミェルヒと、絵の具で汚れた従騎士画家のエンジェが役所に招かれた。彼らは椅子に座り、お茶を出されていた。役所内は謎の機械のせいで慌ただしい。

「ええと、我々も対処しようと最善を尽くしたのですが、相手の装甲が硬すぎてどうすることもできず……」 
 中年の役員が額の汗をぬぐいながら説明する。ミェルヒは心配だった。以前戦った古代の遺物は万全の準備を尽くしてなお苦戦する敵だったのだ。

「ああ、今回はあなた方の他にもひとりの魔法使いに協力を要請しています。彼の協力を得てください。雇うことはできませんでしたが、そのくらいはなんとか」
 そう言って案内されたのは、街の人形遣い師だった。彼はこの街で呪術人形を売って暮らしている。

 呪術人形は様々な用途に使用できる。もちろん、戦闘用にも。ミェルヒとエンジェはこの人形遣い師の館を訪れた。高い塀に囲まれた向こうには大きな屋敷が見える。門は高い金属の格子でできていた。魔法使いというのはもうかる仕事なのだ。

 使用人に案内されるままに、二人は屋敷の中へと足を踏み入れた。屋敷の中は大小さまざまな人形が飾られ、異様な空気を醸し出している。
「すごい人形……これ、ひとつひとつ力を持ってるんだよね」 
「エンジェ……見ろ、あの使用人」

 小声で使用人を見るよう言うミェルヒ。エンジェはそれに気づき、小さく驚きの声を上げた。使用人と思われたものは、人形だったのだ。
「そんなにおどろくでない」
 不意に声がかけられる。

 二人の振り返った先には、件の人形遣い師がいた。彼は体を呪布で覆い隠していてその容姿は分からなかったが、若い男であることだけは声で分かった。呪布は極彩色のものが色とりどりに交差し、ビーズと糸で飾られていた。使用人を下がらせて、二人に今回の作戦を告げる。

 作戦の鍵は人形召喚の巻物だ。その道具で戦力となる人形を呼び寄せ共に戦うのだ。人形遣い師はエンジェを呼び寄せると、二人で奥の部屋に行ってしまった。すぐさま、二人はたくさんの巻物を持って現れる。
「これだけあれば充分だろう」

 すぐさま機械の元に向かおうとするミェルヒだが、人形遣い師は行かないという。 「わたしは行っても役立たずだからね。邪魔になるよりはいいだろう」
 仕方なく、ミェルヒはエンジェをつれて機械のいる町外れへと向かう。

 機械は街の外、荒地の真ん中でじっとしていた。街に踏み込まれたらその質量だけでも多くの被害をもたらすであろう。離れたところからどう攻めるか覗うミェルヒ。だが、突然エンジェが機械に向かって駆け出したのだ!

「あぶないよ、エンジェ! いったいどうしたんだ!」
 エンジェはまっすぐ機械に肉薄すると、その拳で機械の横っ腹を貫いた! 爆発炎上する機械。エンジェは一瞬前にジャンプすると、離れた場所に着地したのだった。

「エンジェ……!?」
 爆発する機械を背に、エンジェは……ゆっくりとその形を変えていった。そしてひとつの小さいぼろ人形になると、地面に落ちて動かなくなったのだった。


――


 一方その頃、人形遣い師の館では……椅子に縛られてうめいているエンジェがいた。 「大丈夫! 大丈夫だって! サイズを測るだけだから!」
 どうやら人形遣い師にいっぱい食わされたようである。

「血を採るだけだから! すぐ終わるから!」
「たすけてミェルヒー!!」
 人形遣い師は巻物を使うまでもないと最初からわかっていたのだ。今日もナィレンの街は平和であった……。










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