――電球戦車


 帝都の片隅、実験区域と呼ばれる政府専用地にそのギルドの本部があった。名をルーデベルメ工廠組合ギルドという。新兵器を開発するために設立されたギルドで、日々研究に余念が無い。いわゆる科学全般を研究している。そこから生まれた新技術はあらゆる兵器、たまに日用品に転用される。

 ルーデベルメ製というブランドは最新式という誇り高い称号ではあるが、たまにわけのわからないものというレッテルにもなる。ルーデベルメ開発のボールペンは非常食になるとか、ルーデベルメ製扇風機は冬には加湿機になるとかいう、そういう感じである。

 本業の兵器開発部門でもその奇才はいかんなく発揮されている。そういうわけで今日視察に来たトロス社の担当者は、どんな物体が差し出されるか開発進捗を聞く前から頭が痛かった。トロス社はルーデベルメの主なスポンサーの一つである軍需産業だ。

 トロス社が依頼した兵器案は対魔法戦車だ。トロス社としては、普通に魔法耐性のある装甲で護られた普通の戦車を想像していた。しかし、ルーデベルメはいつも想像を超えた、超えてはいけなかった試作品を提示してくるのがいつものパターンだった。

 ミサカはトロス社の新人エージェントだった。彼女のような新人がこうしてルーデベルメに出向しているのも、期待の薄さの現れだ。ルーデベルメの奇人変人たちは、普通という概念を知らない。実用度も頭にない。彼らの欲求は、全て新しいものに注がれている。

 いくつもの灰色の建造物が立ち並ぶ実験区域をミサカは車で送られていた。四角い建物に四角い小さな窓がいつくも空いている。元は白だったのだろうが、壁面は排ガスで灰色に汚れていた。赤茶けたパイプがいくつも壁面に張り巡らされ、路地裏と繋がっていた。やがて車は郊外へ向かう。

 郊外には運動場のような広い区間がいくつもあった。そのひとつにミサカの乗った車は到着した。ミサカは窓からその広場を覗く……すると、そこにはツギハギの布をかけられた巨大なモノがあった。シルエットが丸いデコボコだ。彼女は嫌な予感がしつつも車を降りる。

 すぐさま係の研究者がミサカに駆けより説明する。
「対魔法戦車はほぼ完成に近づいています! 従来の受動的な……呪符の貼り付け等とは一線を画する新機軸の性能を持っています!」
「別に一線を画しろとは一言も……」
 研究者はグヒヒと笑うと例の巨大な物体に近寄る。

 ミサカが敷地内に入ると、すかさず運動場の真ん中に白いテーブルと豪華な椅子が用意された。流石VIP待遇だ。ミサカが席に着くと温かい紅茶を持ってきてくれた。それと、何故かサングラス。
「さっそく見せてもらおうか……期待はしないぞ」

「グヒヒ、今度の『電球戦車』はいい仕上がりですよ」
 そう言って幕を取り外す。そこには、確かに戦車があった。土台は完全に戦車のそれだ。無限軌道に蒸気エンジンが取り付けられている。問題はその上に乗っている巨大な装置だ。なんと……電球なのだ。

 巨大な電球が3基並んでいる。真ん中の物がいちばん大きく、フィラメントも見える。早速エンジンをかけようと近寄ろうとする研究者をミサカは引きとめた。
「ちょっと待て、野外照明設備を頼んだ覚えはないぞ!」
 研究者は振り返り、グヒヒと笑ったのだった。

「照明? グヒヒ、去年のあの論文に目を通していないのですな。魔導線フィラメントが特定のガスに反応すると特殊な光を発する……それが魔法の構成を妨害するのですよ」
 つまり、この電球を光らせておけば、皆魔法が使えなくなるというのだ。そんなことが本当に可能なのだろうか?

 古来より魔法は盤石の安定性と確かな効果でその地位を築いてきた。魔法は万能であり、皆から信頼されるものだ。誰もそれを疑わない。それをいまこの機械は打ち消してしまおうと言うのだ。確かに画期的だ。魔法に頼りきりの戦場のパワーバランスが一変するかもしれない。

「ささ、サングラスをかけてください。この光は強すぎて目にも悪いので」
 ミサカは言われた通りにサングラスをかけた。周りの研究者たちも同じようにサングラスをかける。研究主任が電球戦車に近寄り、エンジンをかけた。ブルルンと機械が唸りを上げる。

「公開実験を開始する!」
 主任は車体からいくつも伸びているレバーの一つを押し下げる。すると、凄まじい光量が放たれた。サングラス越しにでも眩しいくらいだ。ミサカは椅子から立ち上がると、戦車に背を向けて魔法のシリンダーを起動させようとする。ミサカにも簡易魔法くらいは使える。

 だが、上手くいかない。いつもなら魔法の発動するイメージを紡ぎだせるのだが、そうしようとすると頭の中で変な光がチカチカ瞬き、全く集中出来ないのだ。それを見た研究主任が、得意そうにグヒヒと笑う。

「これは革命ですぞ! 科学がとうとう魔法に勝利するときが来たのです! これで戦闘魔術師ごときに遅れを取ることは……」
 そのとき、バチバチバチッと何か火花が散るような音が聞こえた。ミサカは振り返って電球戦車を見ようとする。次の瞬間!

 ひときわ強い閃光を発したのち爆音を轟かせ電球が爆発した! ガラスの破片がそこらじゅうに突き刺さり、主任や研究者、ミサカは血まみれで倒れた。サングラスをかけていたので目は無事だったが、大けがだ。ゴォゴォと火を吹きあげる戦車、人々のうめき声だけが残った。

「ヒャー、失敗かー。ガスが可燃性のものに転移したな。まただ」
 そう言いながら主任は懐からピンク色の液体の入った薬瓶を取り出し、一気にあおる。すると、次々とガラス片が身体から飛び出し、傷が癒えていくではないか! これもルーデベルメが開発した薬品なのだ。

 主任は傷口から異臭を発しながら、ミサカに同じ薬瓶を差し出した。
「一気に治りますぞ。グヒヒ。まだ市場には出てない新薬ですが……」
「いい、いらない、大丈夫、大丈夫だから……」
 ミサカは魔法が使えることを確認し、治癒の呪文を起動させる。

 すぐさま傷口はふさがり、ガラス片は解けて消えた。ミサカは立ちあがると、服の土埃を払い、やれやれとした顔で言った。
「科学なんて全然信用できないものね…魔法は確実だわ」











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