――不運と幸運


 ミス市から南に50キロほど行くと小さな山脈があった。霧のよくかかる山脈で、ここから川が流れミス市の農業を支えている。火山灰に覆われた山並みも苔や植物に覆われ緑が美しい。この山脈で、新たに遺跡が見つかった。その遺跡は蔓のような低木がへばりつきボロボロになっていた。

 考古学者のギンはその噂を聞き、さっそく調査にやってきた。なだらかな山肌は火山灰で崩れやすく注意を要した。苔やシダが群生し辺りは湿った霧に包まれている。あちこち横たわる巨岩にはそれを締め付けるように木の根っこが張りついていた。地図とコンパスを頼りに目的地へと向かう。

 目的の遺跡は、山の中腹の谷間にあった。谷底には細く白い清流の筋が見える。ギンは滑落しないよう注意して遺跡へと降り立った。古エシエドール帝国の遺跡のように見える。化学合成されたレンガはかなりの年月の経過を感じさせないほどしっかりしていた。

 遺跡は山の斜面にあり、少し傾いていた。レンガ造りの立方体のような外観だ。地面に現れているのはほんの一部だろう。遺跡にはいくつか穴が開いており、それは崩れてできた穴のようだった。さっそくギンは調査を開始する。穴から中に入ると、内装用のレンガが薄く発光していた。

 古エシエドール帝国は科学文明だ。照明がまだ生きているとは驚きだった。崩れこそすれ、かなり保存状態がいいと言えよう。そのときギンは足元を横切る生き物を見た。それは……虹色に光る蛇だった。その蛇はスルスルと壁を登り影へと消えていった。

 それを見てギンはある不吉な言い伝えを思い出した。虹色の蛇を見たものは不幸に襲われるというものである。ギンは迷信を信じる方ではなかったが、どことなく居心地の悪いような感覚を覚えながら斜めに傾いた通路を歩きだした。天井から雫が垂れ水たまりに落ちる。

 遺跡の中はボンヤリとした薄緑色の光に包まれ影は少ない。あちこちから水がしみ出し壁や天井から流れ落ちていた。ここは何の施設だったのだろうか? 窓は無く家具も見られない。壁面には何も写すことは無いパネルが並んでいる。少し進むと通路に大きな穴が開いていた。

 通路は穴のせいで大分狭くなっていた。横にならなければ進めないだろう。穴の底は深い闇に満たされていた。雫が水たまりに落ちる音が聞こえる。どこまで深いのだろうか、なるべく落ちたくは無い。ギンは背中を壁につけて横這いに歩いていく。もうすぐ向こう側だ。

 そのとき水の雫が鼻先に落ちた。足元が水で滑りやすくなっている……あっと気づいたときには足を滑らせていた。一瞬の浮遊感の後、闇の底へ吸い込まれるように落ちていった。瓦礫の山にしこたま腰を打ちつけ薄暗い中呻く。幸運にも大した怪我にはならなかったようだ。

 これも虹色の蛇の不幸だろうか。薄暗がりの中ペンライトをつける。ここは照明が機能していないようだ。床には抜け落ちた床の残骸が散らばり、正方形の部屋の壁際には様々な機械が設置されている。そのとき声が聞こえた。
「……誰なの?」

 ペンライトで声のした方を照らすと、壁に背を預け座っている女冒険者がいた。
「私は考古学者のギンだ。お嬢さんは……」
「冒険者のミル。穴から落ちちゃってね……立てないの。助けてくれない……?」
「お安いご用さ」
 どうやら足を挫いてしまったらしい。

 ミルは遺跡の情報を仕入れて先にここに到着したらしい。
「不運ね……これもあの虹色の蛇を見たせいかしら」
「へぇ、君も見たんだ」
「迷信だと思ってたけどね……奇遇なこともあるものね」

 ギンはペンライトを口にくわえ、ミルを背負った。ミルは柔らかい革の冒険服を着ていて背中に柔らかな感触が乗る。この部屋には扉があったので、足で蹴飛ばして開ける。すぐ近くに階段があった。
「ミルさん、知ってるかい?」

「不幸の後にはいつも幸運がくる。それも古い言い伝えさ。確かに落ちたのは不幸かもしれないけど、僕が助けに来たのは幸運じゃないか?」
「偶然だと思うけど……感謝してる」
「偶然を幸運だと思うことが人生を楽しく生きるコツさ」

 階段を上ると、外へと繋がる穴が近くに開いている。案外あっさり出られたものだ。これも幸運だろう。ギンは探索を切り上げてミルを近くの村まで送ることにした。
「悪いね。確かに私は幸運かもしれないけど、あんたはとんだ貧乏くじだ」

「そうでもないさ」
 穴から外に出ると、眩しい光が視界を塗りつぶした。霧はすっかり晴れて緑の山並みをパノラマで映す。虫が近くの草むらで鳴き、足を踏み出すと銀色の蜥蜴がスルスルと岩陰に逃げた。ギンはミルに向かって言う。

「こんな素敵なお嬢さんに知り合えたんだから、これも幸運さ」
 そう言ってギンはウィンクした。ミルは少し恥ずかしくなって額でギンの頭を小突いたのだった。












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