――依頼と報酬 貨物列車が夜の闇を切り裂き疾走する。ヘッドライトのみが進路上に投射され線路を照らす。月も星も分厚い雲に隠され、光は見えない。貨物車の両端には装甲列車が連結され、物々しい空気を漂わせていた。装甲列車でじっと息をひそめて待機している冒険者たち……まるで戦争だ。 冒険者たちはこの列車で運んでいる積荷を守るよう言われている。秘密の依頼だった。目的も意味も伝えられていない。その怪しさから途中で契約を破棄することもできると契約文には書かれていた。だが、違約金を払わねばいけないし、何よりその高額な報酬を前にして下りることなどできない。 空に雷鳴が轟き、一瞬辺りを光で照らした。強い風が装甲列車の隙間からびゅうびゅうと吹きつけてくる。間もなく嵐になりそうな……そんな予感。稲妻の閃く間隔はだんだんと小さくなっていく。カイとレキはこの依頼に参加した若手の冒険者コンビだった。彼らは金が必要だった。 カイとレキは腕利きの冒険者だったが、先の依頼で貧乏くじを引き大きな負債をおってしまったのだ。戦士のカイはそのときの傷がまだ癒えておらず、冷たい風に傷が痛むようだった。マントでしっかりと身を包み丸くなって居眠りをしている。レキは隣で湯を沸かしていた。 レキは精霊術師だ。彼女はシルフの力で魔法を使える。火を使わずお湯を沸かすなど造作もないことである。レキはお湯を沸かすと黒砂糖の塊のような黒い固形物をお湯で溶かし始めた。泥水コーヒーの元だ。味は最悪だが、身体が温まる。 「カイ、寒くない? コーヒーできたよ」 「ありがとう、レキ。嵐が来るな……」 カイは目を覚ましコーヒーを啜り始めた。雷鳴が轟くたびに大気が振動し、時折車内に吊らされた電灯が明滅する。ガタンゴトンという列車の振動とは別に、唸るような大気の乱流が間近に迫っていた。すでに雨が降り始め装甲列車の鉄板に当たる音が聞こえていた。 雨はすぐに豪雨へと変わった。列車の車輪の音がかき消されるほどの雨音だ。脱線するのではないかと思うほどの横殴りの風が吹き付ける。列車は速度を落としつつも目的地――帝都に向かって突き進んでいた。気温は低く、レキの吐く息が白くなるのが見えた。 突然巨大な轟音が二人を襲った。かなり近い雷だ。積乱雲の真下か……そう思った瞬間、次の一撃が降り注いだ。次の稲妻は爆発音を伴った。カイとレキはコーヒーを床に置き目を合わせた。機関部の方だ。もしや直撃か? 列車の速度がだんだんと遅くなっていく……。 これほどまでに激しい嵐は二人には初めてのことだった。何かが起こっている。列車はとうとう車体を軋ませて停車した。しかし持ち場を離れるわけにはいかない。積荷の護衛が最優先だ。 「みて、カイ! 窓!」 レキが叫ぶ。窓がおかしいのだ。 窓がやすりで削られたように外側から擦り減っていく。レキにはこの現象に心当たりがあった。シルフのよく使う呪い……。 「侵食の風だ! シルフが襲ってきてる。でもこんなに強いのは……もしかして……」 カイにも敵の正体が分かりつつあった。ここまで天候を変えるのは……。 「クラウドシルフ! そんな、クラウドシルフがこんな地表近くに……!」 レキは叫んだ。クラウドシルフは残忍で強大な力を持っているが、普段は空高く雲の向こうに住んでいる。こんな場所で列車を襲うなど通常は考えられないことだ。 「積荷だ……何か変なものを運んでるだろう、くそ、なんて依頼だ。レキ、依頼を破棄しよう」 レキは黙って頷いた。クラウドシルフは強盗などする価値観は持っていない。それでも襲うとすれば、よほど彼らの怒りに触れるものだ。二人は持ち場を離れ、貨物室へと急いだ。 貨物室には、青いシートに包まれた巨大なものがあった。カイはシートを取り外す。すると、中には緑の液体で満たされた巨大なガラスのシリンダーがあった。そしてその液体で保存された……傷ついたクラウドシルフがいたのだ。 「すごいな、どうやって捕まえたんだ……怒るはずだ」 クラウドシルフは仲間意識が強い。そのため個体を入手するのは不可能といっていい。これも帝都に運ばれたら大きな研究資料になったことだろう。 「いま、助けてやるぞ」 カイは斧でシリンダーを叩き割る! その一瞬前、奇妙な浮遊感を覚えた。叩き割られるガラスのシリンダー、飛び散る緑の液体……次の瞬間、車体が大きく持ち上がる! 「カイ、竜巻が!」 レキはその鋭敏な感覚で巨大な竜巻の発生を察知する! 大きな大気のうねりに車体は翻弄され、高く舞い上がった。鉄のひしゃげる音が聞こえる―― ―― カイとレキは気付いたときには荒野の真ん中にいた。鉄の燃える匂いがする。向こうには破壊された線路と燃えている機関車が見えた。あちこちに車体の残骸が散らばっている。昨晩の嵐はどこへやら、すっきりとした青空と雨にぬれた荒野が広がっていた。 「あぶなかったね……カイ。間一髪だったよ」 聞くとレキがクラウドシルフと交渉してくれたらしい。 「まったく……大赤字だよ」 嘆くカイにレキはひとつの指輪を差し出す。 「なんか……もらっちゃった」 「雲妖精の指輪じゃないか……はは、売れば赤字を取り返せるぞ。ありがとう、レキ……」 二人は笑い合うと、地図を取り出し近くの街を探して歩きだしたのだった。 |