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――人形の似姿


 ナィレンの衛星都市であるギウン市では毎年ギウン人形舞踏会と呼ばれる人形の品評会が行われる。舞踏会と名付けられているのは、人形が灰土地域中から集められまるで絢爛な衣装を身に纏った舞踏会のようになるからだ。人形たちの出会いと別れ、そして挫折と栄光がそこにある。

 人形舞踏会は灰土地域中の人形遣い師が目指す祭典だ。毎年たくさんの人形遣い師が腕を競いあう。若手の人形遣い師であるキクリもその一人だった。しかし、彼のような若輩者がたやすく入賞できるような場でもない。それは去年のことである――。

 キクリはこの年自分の全ての力を出し切って素晴らしい人形を作った。彼の得意とするのは等身大の婦人像である。赤の鮮烈な衣装に、それと合わせた赤い帽子、黒いリボンでアクセントを各所につけた。これは彼にとって今まででいちばんの自信作だった。

 しかし上には上がいるもの。予選こそ勝ち抜いたものの、2次コンテストで彼は落選してしまった。自分はここまでだったのか……彼はその途方もなく広い世界に呆然として、会場の裏の階段でただ座っていた。薄暗い舞台裏の静けさが彼に涙を誘わせた。

 そうだ、華やかな舞踏会の裏で何人ものキクリのような若者が挫折を味わい、闇に消えていくのだ。自分もこのまま闇に消えていくのだろうか……キクリの心は揺らいでいた。ふと、彼は薄暗い通路の向こうに一人の影を見つけた。彼女はこちらをちらっと見て、立ち去ってしまった。

 彼女は泣いていた。大きな人形を抱えながら。特別に美人でもない、普通の人形遣い師だったが、キクリはその顔がいつまでも心に残っていた。彼女もまた消えていく人形遣い師の一人なのだろうか。彼女を笑顔にしてやりたい……彼は自分が泣いていることに気付いた。

 それからの一年は嵐のように駆け抜けた一年だった。暗がりで見た彼女を再現するため、彼女そっくりの人形を作ったのだ。いつもの趣向と真っ向から違う、緑と青の落ち着いた配色。どこか笑顔のような表情。この人形を作っていると、キクリもまた自然と笑顔になるのだった。

 今年も人形舞踏会に出品するつもりではあったが、入賞することなど頭になかった。ただ、彼女の姿を再現したい……そうしたら、自分の何かが救われる、そう信じていた。自分は彼女を作るために人形遣い師になった……そんなことすら考えていた。

 そして人形は完成した。その姿は去年キクリが見た彼女の姿そのままだった。姿はそのまま、どこか笑顔のような表情。名も知らぬ彼女には悪いが、素晴らしいモデルになった。彼女はこれを見たら喜んでくれるだろうか? それは去年の作品以上に彼の全力が表れていた。

 そして今年もギウン人形舞踏会が開かれた。世界各国から人形遣い師たちの作品たちが集まり、ギウン市は観光客や旅人でにぎわいを増していた。舞踏会に参加せず道端で土産の人形を売る人形遣い師たち。人形に負けじと着飾った観光客がそれを買い求める。極彩色の布で街は飾られた。

 街の彩りはまるでキクリの心情を映したようだった。去年まで騒がしく煩わしかったこのお祭り騒ぎが、キクリにとって心地よいものに変わっていた。去年のあの女性もここに来ているだろうか。もしいるならこの人形を見せてあげたい。彼の背中には袋に包まれた例の人形があった。

 人形舞踏会の予選が始まった。何千人もの参加者がここで百数十人に絞られる狭き門だ。キクリは毎年ここを突破するほどの腕だった。しかし、今年は違っていた。キクリは予選会場で簡易審査員にがっかりした目で見られていた。彼の嬉しそうな表情とは裏腹に。
「うーん、キクリさん、あなたは毎年いい作品を出していたのですが……今年はどうしました? この色は今年の流行と全然違いますよ。デザインも見当違いだ。残念ながら予選落ちだよ」
 簡易審査員はそう冷たく言い放った。

 しかし、キクリはそんな酷評にもどこ吹く風な笑顔だった。
「そうですか、ありがとうございます!」

「ありがとうって……」
 そう言いかける簡易審査員を尻目に彼はそそくさと予選会場を後にした。流行? そんなものどうでもいい。キクリの頭の中にはもう彼女しかいなかった。どんな賞をもらうよりも、記憶に焼きついた彼女を再現できた……その思いだけで嬉しくて涙が出そうだった。

 同じく予選落ちし、がっくりとうなだれる人混みの中、キクリは光の中にいた。突き抜けるような青空の下、優しい光が彼を包んだ。会場出口から続く街の通りへ向かう道……予選落ちした者が通ることから敗者の道と呼ばれた不名誉な通り。その暗黒の中彼だけが光を抱いていた。

 キクリの背中には袋に包まれた人形があった。ずっしりと重く、まるで彼の確かな気持ちのようだった。周りの人間も同じように大小様々な人形を持っている。ふと彼はその中に自分そっくりの等身大人形を見つけた。思わず二度見する。人混みの向こうにそれは揺れる。

 人の群れをかき分け、その人形へと近寄っていく。寄れば寄るほど、奇妙に自分そっくりだと気付かされた。服装は去年の自分と似ているだろうか? はっきり覚えてはいなかったが、あらためて見るとそのような気がする。すぐ傍にはその人形の作者であろうひとがいた。

 彼女は……去年見たあの女性だった。キクリは足を止め、息を飲んだ。何を話そう、ずっと会いたかった。彼はやっとの思いで言葉を絞り出した。
「不思議ですね、僕にそっくりだ」

 すると彼女はキクリに気付き、にっこりと笑った。去年の涙を浮かべた顔からは想像できないくらいまぶしい笑顔で。
「ご、ごめんなさい。去年あなたをちらっと見かけて、ずっと気になっていたのです。それでこんな……」

「ああ、それなら心配ないよ。これでおあいこだ」
 そう言って、包みをほどいてキクリは自分の人形を見せたのだった。










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