――夜空の星


 ある寂れた僻地の村に、一人の少年が旅に訪れた。その村の娘の一人であるクルミィはその少年がとても気になっていた。大人は怪しい魔法使いだから近寄らないようにと言っていたが、クルミィは逆にそのミステリアスな姿に自然と惹かれていた。少年はいつもは村の外にいる。

 クルミィは雑貨屋の娘だった。店には日用品にまぎれ乾燥した薬草類や数々の鉱石、まじない品などが売られていた。こういった品は旅の冒険者や魔法使いが買っていくので意外と需要がある。クルミィは今日も薄暗い店内で商品を陳列しながら店番をしていた。まだ昼を回った時刻だ。

 ドアの鈴が鳴り、客が入ってくる。ちょうど狭い店内に誰もいないときのことだった。店は窓がひとつしか無く、埃っぽい店内に光が差していた。クルミィは陳列をやめて入口を見る。ドアはゆっくり開き、逆光の向こうに人影が見える。すっと店内に長い影が差しこんだ。

「いらっしゃ……あ」
 クルミィはどきっとした。例の少年だ。鉱石をちりばめきらきら光るボロボロのマントを着ている。円筒形のとんがり帽子は目深に被られ彼の目線を隠している。紋章の刺繍がされたスカーフ、蔦が編まれた靴。

 少年はクルミィを気にもせず店の商品を見て回ると、いつものように妖精の小瓶を手に取りクルミィに声をかけた。
「これください」
「は……はいっ! ありがとうございます!」

 クルミィは少年から代金をもらう。彼はいつもこの店で妖精の小瓶を買っていくのだ。クルミィはそのときをいつも心待ちにしていた。彼女は気付いていた。少年の足元に広がる影……その影がまるで夜空のように星が瞬いているのだ。神秘的な少年への興味はどんどん膨らんでいく。

 その夜空は黄色や赤や青の星がいくつも散らばり、見知らぬ星座を象っていた。それを興味深そうに見ているクルミィに少年は気付く。
「影に……もしかして星が見えるのかい?」
 クルミィはどきっとしつつも、はいと答える。

「なぜ夜空が見えるのですか?いろんな星が見えるのです」
 少年はくすりと笑って言った。
「それは君が恋されてるからだよ。誰かが君を狙っている。赤い星が見えるかい? きっといたずらなシルフが君に恋してるんだよ」
 はっとしてクルミィは影を見る。

 すると、確かに赤い星がひとつちらついていた。
「シルフに狙われると大変だよ。みかんの皮をいれたお風呂に入って寝なさい」
 そう言って少年は店を出ていってどこかへ行ってしまった。クルミィはじっとそれを見ていることしかできなかった。

 その晩、クルミィは言われた通りにみかんの皮を入れた風呂に入った。みかんのさわやかな香りに包まれる。シルフはみかんを嫌がると聞いたことがある。これもシルフ避けの呪いだろうか。そしていつものように眠りについた。湯上りでもみかんの香りは消えない。そして夢を見た。

 部屋の空気が渦を巻いて紫の靄になり、それが煙突からもくもくと外に流れていくのだ。シルフなのだろうか、泣きながらフワフワと夜空に消えていった。温かいミカンの香りが部屋に満たされ、身体が軽くなった感じがした。そしてガタガタと窓が鳴り、シルフの気配は消え失せてしまったのだ。

 翌日、クルミィは店に来た魔法使いの少年にそのことを報告した。少年は笑ってかわいそうなことだけどしょうがないねと言っていた。少年はいつものように店の品物を眺めたり手に取ったりしている。クルミィは少年の影を見る。そこには、まだたくさんの星が光っていた。

 赤い星はもうない。だが、青い星は変わらず瞬いているのだ。クルミィは不思議に思った。この青い星にはどういう意味があるのだろう? 思い切って少年に聞いてみる。少年は少し笑って言うのだった。

「青い星は君が僕に恋している印だよ」
 それを聞いたクルミィは耳まで真っ赤にしてうつむいてしまったのだった。










もどる