――狙撃手


 ミシルは森の奥を目指していた。いつもあそこに彼がいる。森の道は初夏の暑さを涼しい木陰で和らげてくれる。苔だらけの地面を踏みしめ、彼女は鼻歌を歌って道を歩いていた。そのとき乾いた銃声が響き、鳥が数匹空に飛び立った。やはり、彼は今日もいるようだ。

 午後の青空は雲ひとつなく、風もなかった。森の道の勾配が緩やかに上がっていく。この先の見晴らしのいい崖に彼はいるのだ。古代の建築物の残骸が森の中に点在している。アーチ状になった遺構をくぐると、再び銃声が響いた。ミシルは輝く目で彼を見つけ、駆け寄った。

「ボームゥ、今日もやってるんだね」
 彼……ボームゥは日当たりのいい崖の上に狙撃銃を構え横になっていた。崖には転落防止の錆ついた柵が設けられている。ボームゥは振り向くことなく感触を確かめていた。
「よし、命中だ」
 そしてやっと彼は振り向く。

 ミシルは彼の銃の向く先を見通した。そこには何もなかった。灰色の火山灰が積もった荒野が果てしなく続き、地平線まで何もないのだ。地平線の上には、もちろん雲ひとつない青空の他は何もない。ミシルは数回瞬きをして、ボームゥが何を撃ったのか探そうとする。

「ボームゥ、また星屑を撃ったの?」
「そうさ。君にはどんなに頑張っても見えないよ」
 ミシルは振り返り、ボームゥを見つめた。彼は再び狙撃銃に装弾を始めた。また撃とうというのだ。ボームゥは銃の名手だ。ミシルはボームゥより銃の扱いが上手い者を知らない。

 ボームゥはその狙撃銃で何でも撃ち抜いてきた。そしてその目標はどんどん遠く、小さくなっていく。そして彼はその道の果てに、空の向こう遠く彼方にある星屑を撃つことに行きついた。何の意味があるかは分からないし、誰もそれを確認できない。ただ、彼は自分の全てを懸けたかったのだ。

 星さえ見とおす望遠レンズ、射程距離は果てしなく遠い魔法の銃。彼は自分の限界のために全てを費やした。彼の服はツギハギのボロ切れだったが、銃は傷一つ付いておらず、魔法の文様が揺らめいていた。

 彼はいつも遠くを見ていた。彼は決して日常や毎日様子を見に来るミシルにその目の焦点を合わせなかった。ミシルはそれが少し寂しかったが、いつもの練習を終え、ミシルに夢を語るボームゥのことをいつも見ていた。

 ボームゥはこの森の近くの泉のほとりにある小さな村に流れ着いていたが、村人は誰も彼のことを理解しなかった。ただミシルだけが、彼の毎日を気にかけていた。彼がたまに撃った鳥を買い取って彼の生活を支えてあげたのだ。ボームゥはそんなミシルに唯一心を許していたかもしれない。

 そんな日が続くと思っていたある日、ボームゥは別れさえ告げずこの崖を旅立ってしまった。いつものようにミシルが崖の上に行くと、手紙だけが残されていたのだ。
”さらに銃の道を極めに行きます”
 それだけが簡潔に書かれていた。それ以降ミシルはボームゥに会うことは無かった。

 ミシルは今でもボームゥのいた崖に散歩に行く。いつか彼が戻ってくるのではないか……そんな予感がいつもしていてもたってもいられなくなるからだ。だが、もうあの銃声は聞こえてはこなかった。ずっと……ずっと遠くに行ってしまったのだ。

 あるいは最初から彼は自分よりはるか遠くに生きていた……そんな気がしていつもミシルは寂しくなるのだ。自分の所に留まってほしかった……いまでは淡い思い出である。彼はとうとう姿を見せなかった。しかし、5年後、奇妙なことが起きたのだ。

 それは小さな隕石だった。パパっと光って、村の廃屋になっていた一軒家の屋根に直撃したのだ。村人が衝突の痕跡を確かめに来たとき……彼らは小さな隕石を見つけた。彼らは一様に驚くことになる。

 そのサッカーボール大の隕石には……びっしりと、表面に銃弾がめり込んでいたのだった。











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