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――セミの夏


 夏の日差しは村中をじりじりと照りつけ、村の通りに陽炎を立ち上らせた。セミの声はそこらじゅうでやかましく鳴り響き、雑音を夏の音でかき消してしまう。深緑の葉を気持ちよく伸ばした木々は路地に優しい木陰を作っている。木陰で休む少年が一人。虫取り網を持ちセミを狙う。

 少年は勢いよく木の幹に虫取り網を叩きつけた。ジジジと抵抗する羽音。セミは無事捕まったようだ。いまや哀れなセミは少年の手の内だ。すると村の通り、陽炎の向こうから台車を引く影が現れた。少年はその車輪の音に気付きそちらへと視線を向ける。鈴の鳴る音が聞こえる。

 それは麦わら帽に半袖シャツ、ひざ丈のズボンをはいたアイス売りだった。そよ風にノボリが揺れ、台車にぶら下がる鈴が揺れて涼しい金属音を奏でる。アイス売りは真っ直ぐ少年の元へと歩いてゆき、同じ木陰で木を挟んだ位置で休憩した。団扇を取り出しあおいで汗を乾かす。

 少年は横目で物欲しそうにアイス売りを見た。少年はアイスを買う小遣いさえ持っていない。アイス売りはその視線に気付き、あおぐのをやめにやりと笑った。 「おい、アイスいらないか?」
 そう少年に語りかけたのだ。

「お金なんて持ってないよ」
 少年はそう返した。だがアイスは欲しいのが正直な気持ちだ。思わず生唾を飲み込む。アイス売りはそれを見透かしたようにさっきより大きく笑った。
「売ってやるよ、欲しいんだろ?」

 少年はもう一度断ろうとしたが、アイス売りは続ける。
「君のセミと交換でアイスをあげよう。いい話だろ?」
 驚いたが、アイス欲しさに少年はセミを握ってアイス売りに差し出す。アイス売りはそれを受け取るとぽいっとクーラーボックスの中に投げ入れふたをした。そしてしばらく耳を澄ます。

「ほら、アイスだ」
 アイス売りは再びクーラーボックスを開けると、緑色のアイスキャンディーを取りだした。翡翠のようで濁った緑の色だった。少年は少し不思議に思ったが、アイスを目の前に差し出されると喜んでそれを受け取る。

 それを見たアイス売りは、別れを告げまた鈴の音を鳴らしながら道の向こうへ去っていった。ぼーっとそれを見ていた少年だったが、溶けたアイスの雫が指に当たるとそれを思い出して舐めはじめる。甘い……は甘いのだが、変に若葉のような香りがする。何味とも形容できない奇妙な味。

 舐めていくと、まるでそれは青臭い若葉のように思えてきた。樹液のような甘みがじわじわと舌に広がっていく。それを味わっていると、だんだん自分がセミになったように錯覚してくるのだった。自分がセミになって、樹液を吸っているような……そんな感覚。

 セミだ、セミになったんだ。はやくあの空を羽ばたきたい。ミーンミーンミーン。やがて背中にセミの翅が生え、ブブブと振動し高く空に舞い上がった。6本の脚を大きく広げて……その拍子に掴んでいたアイスを落としてしまう! ああ、アイスが落ちてしまった。

 魔法が解けたように空を飛べなくなってしまった。真っ逆さまに地面に落ちていく、落ちていく……

 気付くと、少年は道の真ん中に倒れて太陽にじりじりと照らされていた。少年は自分が人間の姿であることに安堵をおぼえた。アイスは……アイスは少し離れた所に落ちていて濁った緑のしみを地面に作っていた。何匹も蟻がたかっている。

 アイスを舐めた蟻は、次々とセミになって空に飛び上がっていくのだった










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