お題 落陽 祭り 浪人


 わたしは夜の山で道に迷っていた。あのとき何故夜の山に赴いたのか分からない。ひょっとしたらすでに魔法にかけられていたのかもしれない。わたしは明かりも無い山道をひたすら歩いていた。夜の空は晴れており、月がギラギラと輝いている。

 どれほど歩いただろう。夜の闇の中では腕時計で時間を見ることはできなかった。ただ、石畳の道が延々と続いているのは月明かりで見てとることができ、その先に何かあると信じ進むことはできた。

 紅葉の終わった季節の山は冷たい風が吹き付けてきて、シャツ一枚ではかなり寒かった。はやく人里に下りたい……わたしがそう思ったとき、ようやく橙色の灯りを見つけることができた。それは石畳の道の先、木々の間から洩れて見えた。

 わたしは急いで明かりの方へ走りだした。夜道をいままで一人で歩いていたのだ。明かりの場所には人がいるだろう。そこで休むこともできる。実際わたしはかなり歩き疲れていたのだ。

 すると、明かりに近づくにつれ人の話し声や祭囃子の陽気な音が聞こえてきた。こんな季節に祭りでもやっているのだろうか。不思議に思うが、そういう風習のある集落でもあるのだろうか。わたしはようやく明かりの元へと辿りついた。

 そこには、橙色の提灯が幾つもつり下げられた祭りの会場があった。山の中で何故か祭りが行われているのだ。奇妙なことに話し声や祭囃子がすぐそばから聞こえるのに人影はなくそこには誰もいなかった。

 わたしは恐る恐る明かりの下へ歩み出た。屋台が石畳の道に沿って幾つも並んでいる。そこには美味しい軽食やお菓子などがいまそこで作っているかのように並べられていた。だが、やはり店の人などは見えない。

 ジャリ……と足音が聞こえた。誰かいるのだろうか。わたしはすぐに振り返った。そこには、一人の侍がいた。着流しで帯刀をしている。草履をはいた足が地面をジャリ……と擦った。顔は闇に包まれて見えなかった。こんなにも明るいのに、顔だけが真っ暗で見えなかったのだ。

 声をかけようか迷った。だが、碌な存在ではないだろう。わたしはそのとき魔法にかけられているか狐に化かされていると思っていたのだ。一呼吸置いた後わたしは思わず逃げだした。侍がいるのとは別の方向へ。その方向には櫓があった。

 櫓の上ではドンドンと太鼓が鳴り、祭囃子が聞こえてくる。だが、やはり誰もいないのだ。櫓は提灯や照明で飾られ、まるで燃えているように光っている。そしてその下には……一人の娘がいた。近代的な赤いワンピースを着ている。

「助けてくれ!」

 わたしは、特に危害が加えられていないものの恐怖でそんなことを口走った。娘はこちらを見るとにやりと笑った。

「あら、逃げなければよかったのに。あの浪人はあなたのご先祖、あなたの守護霊よ」

 そう言って娘は右手を振りかざした。わたしは異変を感じ立ち止ったがすでに遅い。次の瞬間櫓がバラバラに崩壊し、巨大な燃え盛る太陽が姿を現した。わたしは「助けてくれ! 助けてくれ!」と叫ぶしか無かった。

 太陽から炎が噴き出し、わたしの身を焼いた。わたしは自分の最後が来たと感じた。目を閉じて必死に耐えるしかない。だが、そこへ草履の足音が聞こえた。刀を抜く音が聞こえる。わたしは閉じた目を開き、彼を見た。

 浪人が刀を振りかざし太陽を一刀両断したのだ。太陽は夕陽のように橙に溶けていって、そのまま地面に落ちていった。わたしは身を丸くしてその熱に耐えた。娘が笑っている。

「あらあら、もう少しだったのに」

 気付いたときには、わたしは山道に倒れていた。石畳の道が続いているが、祭りの跡などどこにも見られなかった。浪人の姿も、娘の姿も見当たらない。わたしはどうやってその山道から帰ったのかも忘れてしまった。

 そんな、記憶がある。










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