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お題:盗賊 少女 世界


「この中に盗賊がいる!」

 あるお金持ちのパーティーで誰かが叫んだ。それは少女のような声色の叫びだった。パーティーの出席者はぎょっとして皆立ち止り、互いに顔を見合わせた。豪華な立食パーティーに沈黙が訪れる。

 壇上で椅子に座ってワインを飲んでいた太った富豪は、ぎょっとして背後を振り返った。そこには国が買えるというほどの高値がつく大きな絵が飾ってある。大丈夫だ、盗まれていないと富豪は安心し、パーティーの客を見つめた。

 パーティーに出席しているのは老人や中年の男女ばかりだ。そこに少女などいない。では、誰が先程の叫びを発したのだろうか? 大きなホールの中にしばらくの沈黙が続いた。窓の外では衛兵が寒そうに手をこすりながら夜の闇に注意を払っている。

「誰ですかな、今の叫びは……はは」

 富豪は額の汗をぬぐってパーティーの参加者に向かって弱弱しく声を発した。ザワザワと参加者たちが互いに言葉を交わすが、犯人は見つからない。ここに少女などいないのだ。富豪は焦っていた。まさかあの予告は本当だったのか……富豪には思い当たるふしがあった。昨日の晩に不思議な手紙が届いたのだ。

 その手紙は真っ黒な封筒に入っており、綺麗に糊付けされていた。封を切ると、中にやはり黒い紙が入っており赤い文字でこう書いてあったのだ。

『お宅のお嬢さん、いただきます』

 富豪に娘はいない。だが、ひとつ心当たりがあった。それはホールの壁にかかってある大きな絵である。その、国が買えるというほどの高値がついた絵は……少女の姿が描かれているのだ。富豪は『お嬢さん』の意味するものがこの絵であると直感した。しかし、行われるパーティーの予定は変えられない。

 富豪は警備を倍増し、絵の警備に全力を尽くすよう通達した。富豪自身も絵のそばを離れず、暇さえあれば絵を見て心を落ちつかせていた。そして……立食パーティーが予定通りに開かれ、ワインを飲んで安心しつつあった矢先に、さっきの声が聞こえたのだ。

「少女の声がしたのに、少女の姿は無い……絵が喋ったのでしょうかな? この絵は本当に素晴らしい。絵が魂を持っても仕方がないですな」

 驚きをごまかすかのように富豪はそんなことを言って場を鎮めた。そうだ、盗賊が来たのなら、何故それを告げる必要がある……いたずらだ。いたずらに過ぎない。そう思って自分を落ちつかせようとしていた。

 この絵に魅了されて、この絵を手に入れるためにはどんなことだってやった。殺しも、騙しも何だって。それを恨んだ誰かのいたずらだろう。富豪は再びワインを口に含んだ。そのときである。

「あなたは誰? どうしてここにいるの?」

 少女の声がまた聞こえたのだ。富豪は驚いて振り返り絵を見る。すると……何と言うことだろう、絵の中の少女の姿勢が変わっているのだ。元々は椅子に座っている少女の絵のはずだ。だが、いま富豪の眼に映っているのは椅子から立ち上がって驚いている娘の姿だったのだ。

「どうして……絵が……」

 富豪は何もかも信じられなかった。だが、富豪の混乱を無視するかのように事態は進展していく。また少女の声が聞こえたのだ。

「どうして絵の世界に入ってこれるの? あなたは誰?」

 絵は富豪の見ている前でその画面を変えていった。シルクハットを被った若い紳士が、少女の手を取っているのだ。若い紳士は、コマ送りのようにゆっくりと少女にキスをして優しく囁いた。

「僕は盗賊さ。それ以外の何物でもないよ」

 富豪は何もすることが出来なかった。金縛り状態で口を開けて、ただ絵を見ているしかできなかった。若い紳士は少女の手を引いて画面の外へと歩いていく――。

 そして、椅子だけが描かれた絵が残ったのだった。









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