多銃身回転砲人間#1 楽しい日にしよう


◆1


 多銃身回転砲が轟音を上げて大量の弾をばらまく。それらは敵の兵器を、壁を、そして兵を粉々に砕いていく。すさまじい土埃が巻き起こり、まるで巨獣か何かが暴れたかのように場を粉砕する。
 回転砲を構えたゼシェルとフワンコは無機質な目でそれを見ていた。

 ゼシェル……回転砲を扱う男の名。彼の姿は異形そのものだった。作業用ズボンに半裸の上半身。その肌にはいくつもの手術痕が刻まれている。
 そして右肩には板金鎧がマウントされており、騎士が肩にくっついているようだ。鎧は回転砲と繋がっている。

 肩の鎧がバシャリと開き、中から白い少女……フワンコが姿を現わした。
「砲撃止め、連絡開始」
 フワンコは人造胚と呼ばれる造られた生物で両手両足は生まれたときから無く、消化器も固形物を消化できない。
 フワンコは回転砲のエネルギー供給を担当する。ゼシェルは制御と保持だ。

 静かな死が横たわる戦場。ゼシェルたちは回収の空雷艇を待った。空雷艇のジャイロ音が遠く空の上から聞こえてくる。
「むなしいな」
「むなしいね」
 ゼシェルは改造人間だ。フワンコも戦うために生まれてきた。それで戦場が嫌いなのは博士に言わせれば不具合だそうだが。

 空雷艇の細長い船体と二つの回転するジャイロが戦場に影を作る。ゼシェルはもうまともな人生を歩めないだろう。ゼシェルの右肩はフワンコと接続され、切り離すことはできない。
「こんなことをするために、俺は……」
 ゼシェルは目を細めて空雷艇を見上げる。

 彼はジェネレーターから生み出される電気でもって生命活動を維持している。そのために身体を斬り刻まれた。
 巨大なジェネレーターが身体だけでは納まりきらず、バックパックに金属パイプで接続されていた。なのでゼシェルは立って寝なければならない。

 右肩のフワンコは人造の生命である。白い肌、白い髪。赤い瞳には3つの瞳孔が開いており、光の筋が瞳の奥から漏れて光線を作る。
 フワンコは鎧を閉じた。兜のバイザーから漏れる瞳孔の赤い光が炎のように燃えている。
「ゼシェル、話したいことがあるんだ。それのことで」

 右肩を見て頷くゼシェル。彼らは二人で一つ。目的も同じだった。即ち、この強大な威力を誇る多銃身回転砲を扱うために生まれた兵士である。
 多銃身回転砲はジェネレーターが生み出す電力とフワンコのエネルギーによって、空気中の魔力を弾丸として射出する。

 空雷艇が着陸した。中から兵士たちが5人ほど現れて周囲を警戒する。空雷艇は他にも5隻ほど着陸し、やはり兵士たちが降りる。彼らは回転砲によって壊滅した敵陣を制圧しに行くのだ。
「任務完了。これより帰投する」
 空雷艇に乗り込もうとした、そのとき。

 ゼシェルの左肩に鋭い痛みが走り、やがて焼けつくような痛みを与えた。空雷艇の乗員が早口でまくし立てて、ゼシェルを空雷艇に引き上げる。そのまま空雷艇は離陸した。
 銃で狙撃されたと気付いたのは、真っ青な顔の乗員を見てからのことだった。


◆2


 巨大飛行船がニェスの街に停泊する。夜の闇に浮かび上がる巨体にいくつものサーチライトが揺れていた。
 飛行船の窓から見えるのは、鉱山都市が見せる星の海のような光の粒。まるで上下ともに夜空になったようだ。
 ゼシェルは窓から顔を離し、格納庫を振り返った。

 近くの塔からケーブルを使って荷物が次々と運び込まれる。綺麗な星空からの贈り物は、飛行船の薄暗い格納庫にまるで貪られるように吸い込まれていった。
「全部武器や弾薬だ」
「そんなことないよ。料理の材料だってあるよ」
 短く言葉を交わして、通路の先へ進んだ。

 二人は博士に会いに行くところだった。博士とは、ゼシェルを改造しフワンコと接続した張本人である。それ自体はゼシェルは恨んでいない。引き換えに病気の家族へ経済支援をしてもらったからだ。
「失礼いたします。博士、ただいま参りました」
「失礼しまーっす」

 博士は飛行船の特別室……といっても狭い船室だが、椅子に腰を下ろしてくつろいでいた。金髪の優しそうな青年だ。目は柔和で、毒気が無い。
「怪我はどうだ? どうやら敵の新兵器のようだ」
「予後は順調です。新兵器と申しますと……?」

「注意してくれたまえ。飛来物防護の呪文を突破する弾速の弾丸だ。銃弾ほどの質量ならば軽く受け止める防護強度でも、それを上回る速度でぶつけられれば……まぁ、防護レベルをもう少し上げた方がいい。君には期待しているぞ」
「ありがとうございます」

「君は偉大な虚兵計画のひとつだ。ルーデベルメ博士がもし生きていたら、きっと喜んでいるだろう」
「身に余る光栄です」
 無表情のまま答える。話が終わり、ゼシェルは博士の船室を後にした。薄暗い通路、視線は足元を滑る。

「ゼシェル、落ち込んでる?」
 フワンコの背の後ろにゼシェルの頭があるので表情は窺えないはずだが、繋がった神経から表情以上のものが伝わっているのだろう。この冷たい泥水のような感情が。
「なんで落ち込むんだろうな……おれは立派なことをしているはずだ」

 鋼鉄の通路を歩く。靴の音は硬質で、何の感情も持っていないようだ。再び格納庫に戻ると、荷物の搬入が終わっていたようだ。高く積まれた大量の物資。それらはワイヤーでがんじがらめに固定されている。
 格納庫の隅に、電球で照らされたスタンドがある。ここがゼシェルたちの寝床だ。

 スタンドに身体を固定すると、充電が開始されて風呂にでも浸かったような安らぎを得られる。しかし、もう普通の風呂には入れないだろう。
「立派なことって、こんな辛い思いをしてまですることかな……おれは、死ぬまで納得できないんだろうか」
 左肩の傷口だけがズキズキ痛む。

 そのとき、フワンコから明るく甘い刺激が神経を通して伝わってくる。何か……楽しいことを言いたいようだ。
「ねぇ、ゼシェル。思い出を作ろうよ。私たちの生き方を納得できるやつをさ!」


◆3


「思い出を作るって、何するんだよ」
 眠りにつこうとしたゼシェルだったが、フワンコからの興奮したシグナルを神経に受けて目が覚めてしまう。
 スタンドとの接続を解きフワンコに従う。フワンコは周りで働いている作業用人造胚にテレパスを送った。

 格納庫の作業用人造胚はカチャカチャとロボットアームを動かして仕事をしている。
「よし、チーフは夜更かしを許可するって。いまから人生で一番楽しい日を作るんだよ。人生で一番だから楽しいに違いないよ」
「そんなもんしようと思ってできるものかよ」
 ゼシェルはため息をつく。

「おれがいままでどんな辛い生き方をしてきたのか……そして、それが今後も続くということも分かっている。なのに、今からどうやって一番楽しい日を作るんだよ」
 目がすっかり覚めてしまったゼシェルは、右腕の回転砲を整備し始めた。左手だけで器用に分解する。

「世界中の誰よりも楽しい日を味わうことはできないよ。そんなの誰にだってできないもの。楽しさって誰かと競うもの? あなたの一番はあなたの中にある。あなたと言う道の頂点が必ずどこかにある」
 フワンコはロボットアームで整備の手伝い。ゼシェルは押し黙ったまま作業を続ける。

「そういう楽しい日がフワンコにはあるのか?」
「あるよ」
 試運転で高速回転する銃身を見ながら言う。
「1か月前。私がまだ出荷される前の話。培養槽に押し込められてさ、兄弟たちは成長したやつから次々と貰われていく……」

「なかなか私の順番が回ってくなくてさ、私が最後になっちゃったんだ。培養液も古くなってて、一緒に処分されるところだった。処分の日を前にしてさ、施設のひとが私におやつをくれたんだ。特例だって」
 ゼシェルはそこで片眉を上げた。
「おやつ? どんな凄い……」

「人造胚のおやつといったら、砂糖水じゃない。それに、バニラの香りを付けてくれたの……私はそのとき、自分の生きてきた理由を見つけた。生きていて一番嬉しかった。だから私はもう自分の生き方に満足できたの」
「そんなの……」

 ゼシェルの作業の手が止まる。深くうなだれて、工具を握りしめる。
「ただの香り付き砂糖水が人生かよ……そんなの悲しすぎるだろ……」
「いいえ、悲しくないよ。私が悲しくない、誇りに思ってることをどうしてあなたは悲しむの? 憐れむの? そして、見下すのかしら?」

(見下す……?)
 口の中が渇く思いがした。ゼシェルを見下ろす目……彼の生き方をつまらない、悲しいと憐れんで見る目を感じた。
(おれは……おれを傷つける視線と一緒に、おれ自身を見下していた……)
 見下ろす先には、小さく震えている自分。

「私は誰一人として生き方を見下したくない。憐れんだら、彼らの……いや、自分の尊厳を傷つけてしまう。それは私自身を傷つける刃だから」
 ゼシェルは静かに作業を再開し、ぽつりと呟いた。
「おれは憐れまれる存在じゃない」
「そう、その意気よ」



 多銃身回転砲人間#2 安らかなる時へ


◆1


 二人はそこで意気投合して思い出作りに思いを馳せた。深夜だったが、翌日は休みで少しは夜更かししても支障はない。
 すっかり目が覚めてしまった。飛行船の窓から見えるのは宝石箱を散りばめたような夜景。
「思い出かぁ、何にしようか」

「好きな物、好きなことしちゃえばいいよ」
 フワンコはそう言って回転砲の蓋を閉じた。整備は終わりだ。楽しい自由時間が待っている。
 格納庫の中はひんやりとしていて、油の匂いが満ちている。そこにいくつもの夢を浮かべる。
「そうだな……バニラがいいな」
「私と同じだ!」

「アイスクリームを作りたい。手作りのやつだ」
「イイネ! イイネ!」
 フワンコは赤く光の灯る目をぱちぱちと瞬かせて喜んだ。ゼシェルはそれがまだ自分の生き方に見合うか確信が持てなかったが、夢を語るうちにフワンコの言うバニラフレーバーがとても……羨ましく思えてきたのだ。

 作るための材料は格納庫にあった。食堂のチーフに交渉をして、生クリームと砂糖、卵を貰う。ゼシェルは最前線で戦う特殊兵士であり、この程度の融通はしてもらえた。引き換えにチップも忘れない。
「作り方は知ってるの?」
「さぁ……生クリームを泡立てて凍らせればいいのか?」

 作り方は想像に任せ、あとはその場の工夫で何とかした。凍らせるために冷気の呪文を局所的に使用したり、回転砲の銃身に材料を入れたボトルを括り付けて、高速回転してかき混ぜたりする。
「あははっ、兵器でアイス作ってる! 最高じゃない?」
「ああ、最高だな!」

 そしてバニラアイスは完成した。二人で金属のプレートの上に、半分凍っていないアイスを盛り付ける。
「冷却の呪文ケチりすぎたかな……」
「大丈夫! 溶けかけがうまいのよ〜」
 スプーンで口に含む。ゼシェル。よく味を確かめる。これが、人生最高の味……それを思いながら。

「おいしい?」
「別に……普通だな。とびきり美味しいわけでもない」
 ゼシェルはスプーンをプレートに置いた。ぽろりと涙がこぼれる。
「おれの生き方って、こんなものだったのか……? 他の人間は、帝都の一流ホテルで、これよりも上品で、おいしいアイスをいくらでも食べれる……」

「ゼシェル……」
「でもおれは、こんな油の匂いがすいる、薄暗い格納庫で……プレートに溶けたアイスを盛り付けた……」
「帝都のさ、誰がこんな格納庫に入れるんだろう。誰がプレートでアイスを食べれる? どれほどの人間がさ、アイスさえ手作りせずに死んでいくんだろう」

「ゼシェル、これはきっと素晴らしいことなんだよ。だって……」
 フワンコの表情は読めない。けれども、接続された神経から彼女の気持ちはびりびりと伝わってくる。
「だって、私の人生最高の日を更新したんだもの」

「ああ、それは素晴らしいな」
 ゼシェルはようやく眠気を感じて、アイスの片づけを始めた。フワンコもロボットアームで手伝う。そうして、二人は眠りについた。充電スタンドに立ったまま眠ったが……彼らの表情は安らかだった。


◆2


 装甲飛行船がゆっくりと戦場の上空に降下する。主砲を発射し、地上の防衛設備を次々と破壊しながら突入の準備をする。
 細長い空雷艇が2隻、降下準備を進めていた。装甲飛行船に横付けし、突入用の兵士を次々と搬入させる。
 ゼシェルとフワンコもその中にいた。

 司令官が空雷艇内部に詰め込まれた降下兵たちに電信で告げる。
「覚悟はいいか? 作戦通りに行くぞ。エシエドール革命軍に死を。亡国の亡霊に浄化を!」
「死を! 浄化を!」
 降下兵たちは薬物で爆発しそうなほど昂っている。

 ゼシェルはひどく落ち着いていた。外から地響きのように響くジャイロの回転音を聞いていた。まるで落下しているような急速降下。
 地面にぶつかる寸前で減速し、兵士たちが次々とロープを伝って着地していく。ゼシェルは飛び降り、フワンコの制御する呪文で慣性を殺して着地した。

 すぐさまゼシェルは回転砲を放つ。飛行船からの艦砲射撃で態勢を崩していたテロリストたちは、回転砲の火力の前に文字通り粉々になった。まるで牛が低く唸るような射撃音が場を支配する。
 ゼシェルは、心ここにあらずだった。

(今度はチョコだ)
 目の前の惨劇がどこか遠くの出来事のように思える。
(バニラもいいが、チョコも最高だ。チョコフレーバーのアイスを作るんだ)
「ゼシェル」
 フワンコが警告した。
「よくない予感がする。危険予知レベル3の事象。注意して」

 次の瞬間、ゼシェルの頭が弾けた。
「ゼシェル?」
 フワンコは急に不安になる。繋がった神経の先、ゼシェルの感覚が無い。
「あれ、もしかして敵の新兵器って奴? 狙撃されたの? あわわ、飛来物防護のシールドは最強レベルなのに……」
 ゼシェルの身体は力なく仰向けに倒れた。

「死んじゃったの? どうしよう」
 フワンコだけでは回転砲を保持できず、虚空に向かって撃ち続けていた。バタバタと暴れるように跳ねる回転砲。
「困ったなぁ」
 敵陣もチャンスと気づいたようだ。味方の兵士は暴発する回転砲を恐れ近寄れない。

 敵の司令官だろうか、大声を張り上げるのが聞こえた。
「前進! 迫撃砲用意!」
「困ったなぁ」
 飛来物防護の呪文にも苦手なものはある。迫撃砲で大量の砲弾を浴びせられたら、無数の破片を処理できず死ぬしかない。
 敵兵が並び、筒に砲弾を装填する。

「撃て!」
 爆音と共に、放物線を描いて大量の砲弾が殺到するのが見えた。フワンコは無機質な目でそれを見ていた。
「まいったなこりゃ」
 そして……何もかもが粉々になってしまった。

 博士は飛行船の窓から見下ろしていた。研究員が現れ、回転砲の損害を報告する。
「このたびは……」
「いいよ。どうせ、そろそろ処分するつもりだったから」
 彼の机の上にはまとめられた研究成果と、次なる兵器の図面が踊る。

 無数の悲劇を内包しながら、計画は進んでいた。


 多銃身回転砲人間(了)


【用語解説】 【空雷艇】
飛行機の技術が失われ、飛行船の時代になった現代。敵の飛行船を破壊するために生まれたのが空雷艇である。細長い船体に2基のジャイロを搭載した小型高速飛行船で、乗員6名程度の積載を誇る。爆雷を積んで敵の大型飛行船を破壊したり、戦地に兵士を降下させたりする

【用語解説】 【窓】
商店用のショーウィンドウや飲食店などを除いて、基本的に窓は小さく頭が一つ入るか入らないか程度である。これはガラスの作製にコストがかかるためで、屋内は昼間でも電球やガス灯を灯す。魔法は視線に乗って効力を発揮するため、魔除けの意味も大きい。

【用語解説】 【作業用人造胚】
労働力として先にロールアウトされた人造胚の量産モデル。蜘蛛のように細長いロボットアームを自在に動かし、様々な作業を行う。人造胚は半年程度で死んでしまうが、ロボットアーム一式は再利用が可能である。培養中に高速学習され、熟練した状態で出荷される

【用語解説】 【生クリーム】
灰土地域にも牛のような生き物は存在し、科学文明であるエシエドール帝国によって品種改良された。乳牛の一種はホヤのような革袋の姿をしており、生クリームやバターに最適な脂肪分の異常に多い牛乳を分泌する。文明崩壊後もこういった改造家畜は脈々と受け継がれた。

【用語解説】 【飛行船の推進】
飛行船は主にジャイロで推進する。ジャイロはフラフープのようなものや、一見プロペラに似たもの、鉄の棒のようなものなど千差万別だが回転運動を行う点は同じである。回転と魔力を利用し、推進力が得られる。揚力のない世界の代替手段で、性能はプロペラほどではない











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