宝箱探しを終わらせてやった!#1 ゴミしか出ない! ◆1 ゼイラは宝箱を開いてため息をついた。中に入っていたのはガラクタばかり。割れた陶器だとか、腐った巻物だとか、汚れた食器だとか。ゼイラは徐に立ち上がって、髭だらけの顎を撫でた。宝箱を蹴り飛ばし、ダンジョンの奥に向かってさらに進んでいく。地下水の跳ねる足音が続く。 鍾乳洞型のダンジョンはあちこちから地下水が染み出している。地面は川のようになっており、酷く滑りやすいがゼイラには問題なかった。滑り止めの施してある冒険長靴。ゼイラは冒険者だ。金属片を繋ぎ合わせたラメラーアーマーがガチャガチャ鳴り、鉈は獲物を狙う牙のように光る。 光源の魔法が電球のようにあちこちを照らす。これはゼイラが用意したものだ。ゼイラは身の回りのことを全て自分でやった。 (今日もダメだったか……) ゼイラの足が止まる。見上げるのは、彼の家だ。巨大甲虫の殻を加工して作ったドーム型の家。 家には入らず、隣の作業場に向かったゼイラ。彼が背負っているのは、化け物の死体だ。作業場にもやはり鍾乳洞の地下水が流れており、これで余分な汚れを洗い流すことができる。 (メシが獲れただけでもいいか) ゼイラは毛むくじゃらの化け物を鉈で解体し始めた。 食べられる肉と、食べられない肉に切り分ける。どちらも使い道がある。食べられる肉は壺で塩漬けにした。 (今日はいい日だった。獲物さえ取れない日もある。今の俺は絶好調だ……) 自分に言い聞かせるような心の声だった。実際にはまったく満足などできていない。宝箱が、ハズレだったから。 彼の家はダンジョンの中にあり、塩などの必要なものは冒険者と物々交換で手に入れる。もちろん、偶然塩を持っている者もいないので、仲間の冒険者に持ってきてもらう代わりに、彼らの欲しいものをこちらも探す。 釣り竿を手に取る。ゼイラは食べられない肉片を壺に入れ、再び家を出た。 次の彼の仕事は釣りだ。地下水の溜った地底湖で釣りを行う。地底湖での素潜りは自殺行為だ。複雑に入り組んだ洞窟、光の届かない闇の水底。それらが泳者を死に誘う。 釣りをしていると、背後から声が聞こえた。振り向くゼイラ。魔力の粒子のせいで照明があるはずの通路の先は闇に沈む。 「あっ、宝箱」 若い男の声がした。それを聞いた瞬間、釣り針を引き上げて岸辺に釣竿を放り、ゼイラは駆けだした。魔力の作った闇に向かって全速力で走る! 地下水の溜った地面をバシャバシャと踏み荒らす! 白い半透明のイモリが逃げていった。 「それはワシの……ワシのだー!!」 ゼイラは血走った眼をしてわめき散らす。魔力の黒い霧の向こうから現れたのは……二人の場違いな青年。戦闘素材で作られたわけでもない普通のトレンチコートを着ていて、肌寒い洞窟にぴったりなマフラー。 地下水が流れ、泥が積もる鍾乳洞の地面を歩いたはずの革靴は全く汚れず、ザイルや縄梯子、それらを固定するために使うハンマーなどの道具類が全く見当たらない。彼らは如何にしてここまで来たのだろうか。 背の高い青年と背の低い青年が、宝箱を持って不思議そうにしていた。 ◆2 「よこせ!」 ゼイラは二人の青年から宝箱を強奪する。背の低い方の青年が肩をすくめて降参のポーズ。抵抗も物言いもなかった。彼らは宝箱に興味が無いのだろう。ゼイラはそう判断する。 「ここはワシの縄張りだ。勝手な真似は許さんぞ」 「はいはい」 「いいか? ここではワシがルールだ」 「はいはい」 「宝箱を見つけたら、すべてワシによこせ」 「いいよ」 ダンジョン内で縄張りを主張することはよくある。大抵通行料をせびったり、収穫をピンハネしたりする。縄張りを守るためにダンジョンに住み着くことにはなるが。 ダンジョンの冷たい空気に、吠えるゼイラの白い吐息だけが空回りしている。まるで草木に威嚇しているような、全く手ごたえのない応対。ゼイラは尋ねる。 「素直だな。お前ら。何者だ? 何しにここへ来た?」 「僕らは観光客です。当然、観光に来ました」 長身の方が答えた。 「名は何という?」 「僕はフィルです。こっちの控えめな方はレッド」 「何がだよ……あ、宝箱」 背の低いレッドの視線の先、鍾乳石の陰に宝箱があった。ゼイラの目の色が変わる。 「ワシのだぁ!!」 鎧をガシャガシャ鳴らして走るゼイラ。 ダンジョンに宝箱が生まれる理由。多様な説があるが、大体は世界を創造した神の楽しい記憶が魔力の濃い場所に箱の形になって創造される、という大まかな原理は意見が一致している。 宝箱はある日突然、ダンジョンのどこかに、ぽつんと転がっているものだ。 ダンゴムシのような晶虫を踏みつぶし、ゼイラは鍾乳石の陰の宝箱にしがみついた。地下水が彼の背中にぽとぽとと落ちて、ぞっとする感触を与える。 ゼイラ自身にも、違和感を覚えさせた。きょとんとした目で見る二人の青年。 「そ、そんなに……」 「ワシは、憑りつかれているのかもしれんな……少し、話を聞いてくれんか?」 宝箱を抱えたまま、じりじりとフィルとレッドに近寄るゼイラ。 「宝箱の中に、ごくまれに現れるという伝説の宝物。その名は、ベルベンダインのメダル……」 フィルもレッドも顔を見合わせて首をひねる。 「知らんのも無理はない。あまりにも希少すぎて、一般には知られていない。だからこそ、ワシはその魅力に取りつかれた。そしてダンジョンに住み着くようになって、6年がたつ……」 ゼイラは泥で濡れた宝箱を開く。しかし、中は空だった。 「6年間……一つとして見たことはない……」 泥と地下水の混ざった地面に腰を下ろし、ゼイラはうなだれた。目の前がぐらぐらする。それは宝箱めがけて走ったせいだろうか。 それを見たレッドは宙をしばらく見たあと、ポケットに手を入れた。何かを取り出す。 「探しものって、ひょっとしてこれ?」 取り出したのは手のひらサイズの宝箱。それを開けるレッド。中に入っていたのは……金色に輝く一枚のメダルであった。 それを見たゼイラは目をむき、震える手を伸ばす……。 ◆3 奇妙なメダルだ。金色に輝いているが、金とは違いくすんでいる。大きく半眼のレリーフが刻まれ、不思議な文字がその上下に彫られていた。 「これは……違う」 ゼイラはゆっくりと目を閉じ、差し出した手を戻した。地下水の雫が垂れる音。 「何だろう、これ。貴重な物かな」 「ああ、貴重だぞ。高く売れるぞ」 そっけない声で言うゼイラ。彼はメダルを見ることもなく歩き出す。レッドはメダルを宝箱に入れ、ポケットに戻し、彼の後を追う。長身のフィルは闇の奥を一度振り返って、続いた。 「それは視線のメダル……当たりの宝箱に入っているものだ。希少価値がある。けれどもベルベンダインのメダルは、その縁が黒くなっておる。縁が黒いか、そうでないかの違いだけだ」 ゼイラは釣竿を拾い、釣りを再開した。ため息をついて、頼みごとを一つ。 「なぁ、ワシは疲れた。お前たち、宝箱を探してワシの所に持ってきてくれないか? 手間賃なら払う」 「いいよ」 即答するフィルにレッドは思わず口を挟む。鍾乳洞に声が響き、蝙蝠が飛んでいく。 「フィルぅ! またそんな……後悔しても知らないぞ!」 「最終的にノリノリになるのはレッドのほうじゃないか。まぁ……おじさん。手間賃はいらないよ。僕たちは観光客なんです。お金稼ぎに来たわけではないです。代わりに、僕たちに協力してほしい……いいですか?」 「構わん。好きにしろ」 背中で答えるゼイラ。 ふっと、鍾乳洞の中が暗くなった……そんな感覚を覚えて、ゼイラは辺りをきょろきょろと見渡した。フィルとレッド、そしてゼイラのほかには誰もいない。奇妙に静まり返っている。背筋に冷や汗が流れた。バタバタと蠢く蝙蝠は……? さっき飛んで行ったことをゼイラは思い出した。 フィルは一歩進んで、ゼイラの隣に立った。目の前には暗い地底湖。突然、地底湖に手を突っ込む! そして、一個の……手のひら大の宝箱を水底から掴みあげた。 「何だと!?」 「覚悟してください。もしメダルが見つかったらどうします?」 水が滴る宝箱を凝視するゼイラ。 「信じられるか」 目をそらし、釣り針の行方に集中しようとする。だが、その目はブレて、一向に集中できない。フィルのぞっとするような冷たい声。 「信じていないのなら、どうして宝箱を探しているんです? どうせ見つからないと思っていませんか?」 「いつしかメダルを追うより、惰性で暮らす方に楽しみを覚えていたのではありませんか? では、叶えてあげましょう。覚悟してください。そして、自分自身を知ってください。僕の言葉を打ち消して、示してください……」 ゆっくりと、宝箱を開けるフィル。 宝箱の中にあったのは……縁の黒い視線のメダル……すなわち、ベルベンダインのメダルだった。横を向いたまま硬直するゼイラ。 餌を針ごと噛み千切られていた彼の釣り糸は、フワフワと湿った風に揺られていた。 宝箱探しを終わらせてやった!#2 光を見つけるまで ◆1 目の前が真っ暗になる心地がした。ゼイラは脳からさーっと血が引く思いがした。これは眩暈だろうか、それとも洞窟内の魔力が濃くなりすぎたのだろうか。メダルを持つフィルの表情や、隣に立つレッドの姿が全く目に入らない。 強い光を放つメダルだけが目を捉えて離さない。 「よこせ……」 「だめです。僕らの願いがまだ叶えられていません。協力が必要なんです。願いを叶えるためには、協力が必要なんです。あなた一人でもがくだけではダメなんです。だから6年もかかったんです」 強い二つの光が灯る。それはフィルの瞳だ。ゼイラは口をぱくぱくと動かす。 「そして僕らにも協力してほしいんです……このメダルを、僕らにくれませんか?」 金槌で頭を殴られたような衝撃。渡す? メダルを? 6年追い求めたメダルを? 走馬灯のように記憶と思いが駆け巡る。ゼイラは、かつてダンジョンの研究者だった。それがどうして道を間違えたのか……。 「だめだ」 ダンジョンの謎を解き明かすため研究に明け暮れていた。若いゼイラはひたむきに情熱を注いだ……だが、他の研究者に次々と実績で先を越され、ゼイラは未完成の仮説だけを抱えて燻っていた。ベルベンダインのメダルさえあれば新しい理論が完成する。その仮説が彼を駆り立てる。 過去の自分と目の前のフィルが交錯する。過去の自分が妄執の形となってフィルに纏わりついている! 「メダルを見つけた。それが目的だったのでしょう。いいじゃないですか。もう終わりにして。ベルベンダイン=メダル理論が破綻して何年たちました?」 「だめだ……」 ゼイラは自らの腰に手を当てた。鉈がある。ちらりと鉈を見る。強い、甘露のような誘惑が脳髄を駆け巡る。 「メダルを、よこせ……」 「そう、それでいいんです」 鉈を鞘から抜く。暗い洞窟に現れたもう一つの光。 鉈が一閃。フィルの脇腹に食い込む。倒れ、血が噴き出すフィル。ゼイラは、レッドがどこに消えたのかさえ注意を払っていなかった。宝箱とメダルが地面に落ちる。転がる。転がる。地底湖へ……直前で、ゼイラは拾った。逃げ出すゼイラ。息が上がる。血走った眼で、もつれる脚で! 「うわあああああ!!」 子供の泣き声のような情けない声を上げて、自分の家に転がり込む。甲虫の殻で出来た扉を閉め、鍵をかける。涙に滲んだ目でベルベンダインのメダルを見た。手のひらの中でそれは、優しく、許すように光っている。 ゼイラはメダルを抱きしめた。暗い部屋の中、ふるふると震えている。 (夢だったのに、手に入れたかったのに……どうして、どうして……ワシはこんなにも汚く鈍くなってしまったんだ。色を失って、欲しいものを手に入れるため、獣のように……もう終わりだ) 「終わりじゃないよ」 誰もいないはずの部屋に青年の声。濡れた目で見上げるゼイラ。そこにいたのはレッドだった。 「大丈夫、アレはただの幻さ。悪い夢だったんだよ、宝箱の罠のね」 そう言ってバラバラの宝箱をポケットから取り出した。その瞬間、部屋の空間が音を立てて……ひび割れた。 ◆2 光源の魔法が狭い部屋の中灯った。どうやら天井に備え付けたものではなく、レッドが使ったものらしい。 眩しさに目を細める。振り向く。扉は締まっている。鍵がかかっている。 「お前は一体……」 「観光客だよ。ほんの少し、おせっかいな……ね」 レッドの手のひらの上にはバラバラの宝箱。レッドはにこりと笑って首を傾げた。 「宝箱の罠。知ってるかい? 意地悪なギミックさ。あなたはこの罠に6年も囚われていたんだ。価値観を変え、深く依存させ、やがてボロボロに……」 「そんな……それじゃあ、ワシはもう……」 レッドの背後からフィルが立ち上がり、隣に移動する。 「ひっ……」 「あなたが見たのはただの悪夢。宝箱の最後の抵抗です……安心して。僕は傷ついてなんかいやしない」 そう言って鉈で斬られた箇所を見せる。そこには傷も血の跡も、服が破れた様子もない。 「終わりだ、何もかも……」 もう一度呟くゼイラ。透明な涙があふれ、失ったものの大きさを思う。6年だ。 「観光の終わり……」 フィルはそう言って光源をぼんやり、暖かい光へと変える。 「見足りない名所、経験すべきだった全ての美しいものを置いて行かなければならない」 「観光をどうしても終えなくちゃいけないとき……そういうときはさ、思うんだ」 フィルは甲虫の殻で出来た扉を開ける。 「しょうがない、終わってやるか、ってさ」 ゼイラは手の中のメダルを見る。それは何の変哲もない、普通の視線のメダルだった。黒い縁は無い。 「終わってやる……か」 「偉そうだろう! 俺たちは執念の奴隷じゃない、執念をこき使うくらいの立場なんだ」 レッドはゼイラを外へと促す。ゼイラは外へ出て、大声を上げた! 「終わった! 終わらせてやった! ……いや、ワシが始まったんだ!」 その瞬間、洞窟内に充満していたと思っていた魔力の黒い霧がガラスを砕いたように爆発した。驚いて目を閉じるゼイラ。ゆっくりと目を開くと……そこには晴れ渡った美しい鍾乳洞が広がっていた。あちこちに光源の魔法が煌めき、まるで晩餐会のシャンデリアのように光る。 (ああ、この光を置いていったのは、ワシ自身だったな) 細めた目で、そう最後に思った。ゼイラの呪縛が……終わったのだ。 今日もゼイラは宝箱を開く。換金用の品を手に入れるため。宝箱を探し、集めた経験が彼を生かし続けている。 巨大甲虫の殻で作ったドーム型の家で、彼はうとうとと夢を見ていた。棚の上には一つの宝箱。 その中には、縁を甲虫の体液で黒く塗ったメダルが一枚、埃を被って鈍く輝いていた。 宝箱探しを終わらせてやった!(了) 【用語解説】 【鉈】 武器といえば鉈やメイスなど。ナイフや刺突剣などは珍しい。これは飛来物防護の魔法を応用した衝撃消散の魔法の影響である。この魔法は慣性を殺す効果を持ち、攻撃は肌の直前で静止する。ただし、重量が効果より重ければこの防御を突破できる。それで重い武器が人気なのである 【用語解説】 【ダンジョン内占拠】 冒険者が一人、あるいは複数でダンジョンに住み、様々な難癖をつける行為。一応合法だが、嫌われる行為ではある。ダンジョン内の魔力は晶虫等の営みで急速に枯れていくので労力の割に合わない一方、枯れた後も占拠を続け、再び魔力が満ちるのを待つ強者もいる 【用語解説】 【視線のメダル】 現在の超文明である濁積世の創造主、女神ベルベンダインの混沌の視線を象徴するメダル。いわゆるマジックアイテムではなく、普通のメダルであり、女神の遊び心から生まれた。この世界には数多くのメダルコレクターがおり、彼らはいつも視線のメダルを買い求めている 【用語解説】 【狂った視線の≪ベルベンダイン≫】 ベルベンダインは洪積世から存在する古き女神で、真なる姿はアルビノであるが、黒髪白皙の姿で顕現する。顔は黒いインクで塗りつぶされており、目も鼻も口もなく、恐ろしく長い長髪が身体に纏わりついている。興奮すると全身に目が出現する 【用語解説】 【宝箱の罠】 宝箱には罠が仕掛けてある。これは宝箱が女神の楽しい記憶から来るためと言われている。つまり、記憶に触れるという無礼な行為に対しての防衛反応だという説がある。罠を解除するには専門的な技術が必要になり、盗賊ギルドに人員を斡旋してもらうか、魔法を使う等する |