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 ポピー【2016加筆修正版】


◆1

 5年前のことだ。ミジエンの街は大火に包まれ、街のほとんどが焼失した。交易拠点として栄えたミジエンは一夜にして廃墟となり、街は放棄され、混乱の中で人々はばらばらになる。そんな中一人の少女が、姉と離れ離れになってしまった。
「そして、5年が過ぎたってわけです」

 馬車が砂埃を巻き上げて荒野を行く。少女は5年の歳月を経て大人になった。彼女の名はアンエリ。
「ミジエン跡に行くのは、辛いな……」
 仲間の行商人が気を使いつつ話を繋ぐ。アンエリは笑って返した。
「いいの。話すたびに楽になるから」
 馬車が揺れ、アンエリもまたゆらゆら。

「姉は優秀だったの。女神さまのお眼鏡にかなって祝福を受けるはずだった……自慢の姉なの」
「じゃあ、跡地についたら花を捧げようぜ。野草を探してさ、花を集めるんだ」
 御者が振り向いて声をかける。馬車の中のアンエリたち商人は笑顔になる。
「ありがとう」

 彼らは街から街へと交易品を売って暮らしていた。ある交易の仕事で彼らは北へと向かう途中。
 取引先の北の街へ行くためにミジエンの街跡でキャンプを張ることにした。井戸で水を補給でき、居座った商人が高値で補給物資を売ってくれやがる。そして自警団もいるらしい。断片的に伝わる情報。

 5年もたてば、廃墟からでも人々はたくましく生きていく。風の噂で聞くミジエンの復興はアンエリの楽しみだった。
 故郷へと戻るチャンス。アンエリはどこか遠くを見ていた。素直には喜べない。悲劇の記憶は日々強くなる。けれども、抑えきれない胸の鼓動もまた事実。

 ミジエンでの思い出は、すべてあの大火の悲劇で上塗られている。人々の悲鳴、怒号、焼け焦げる匂い、赤、赤、赤。
 それを打ち砕いたのは風の噂だった。ミジエンの新しい名物、心躍る催し物。気のいい住人達。だから、アンエリは新しい友人を迎えるような気がしてならないのだ。

 行商隊は3台の貨物馬車と1台の装甲馬車、護衛の傭兵騎兵12騎で構成されていた。照り付ける日差しが彼らを照らす。ありふれた中規模の隊商だろう。赤皮二足獣の馬が「ゴブ、ゴブ」と詰まったようないななきを上げる。
 よく晴れた日だった。

 貨物馬車には御者と荷物管理の最低限の人員が割り振られ、御者を除く商人はすべて装甲馬車に乗っている。
 アンエリは小さな分厚いガラスの向こうの風景を眺めていた。彼らのいる灰土地域はその名の通り灰色の火山灰で覆われた不毛の土地だ。時折枯れて象牙色をした草が見える。

 行商人のトップである商長が副長と何か喋っていたが、アンエリの耳には入らなかった。ミジエン跡まではもうすぐだ。
 アンエリは突然いなくなった姉のことを感じた。それは如何なる脳内の化学反応であったろうか。岩陰に、窪みに、枯れ木の向こうに姉を探す。いるはずもないのに。

 大火の後は姉のことを考える余裕がなかった。心の中でそれを詫びる。一筋の涙がこぼれた。
 姉は女神の寵愛を受けたはずだった。なのにどうして死ななければならないのか。これは生贄だったのか。
 そのとき、荒野の途中で装甲馬車が止まる。赤皮二足獣の怯える声が響いていた。


◆2


 馬車を囲むように傭兵騎兵が円陣を組む。
「襲撃だ。各位、冷静に対処せよ」
 商長が落ち着いた声で告げる。前にも野盗に襲撃されることはたびたびあった。そのたびに傭兵が撃退していたが、野盗も伊達や酔狂で命を懸けることはありえない。彼らもまた勝機がある。

 今回は12騎の傭兵がいる。並の盗賊団では負けないだろう。装甲馬車も強力な火砲を備えている。だからこそ、盗賊団もまたそれを打ち破る自信を持っているということを意味していた。
 装甲馬車の火砲は水冷式重機関銃だ。銃座が馬車上部にある。これは遠目にもわかる脅威である。

 飛来物防護の呪文によって銃弾は無効化される。それにも限界があるのは魔法が完璧でない故である。魔法を越える弾速、もしくは圧倒的な弾数で攻めれば熟達した魔法使いでなければ危うい。
 逆に銃座が見えるのに攻めてくるということは、熟達した魔法使いがいるということだ。

 アンエリの上にいる銃手が銃座を大きく旋回させる。ペダルを踏み、ハンドルを回す音が響く。赤皮二足獣の不安げな声。彼らは銃声に混乱することはないが、慣れるものでもないのだろう。
 思い出すのは姉の優しい笑顔。
(お姉ちゃん……必ずミジエンに戻るよ)
 耳を塞ぐアンエリ。

 次の瞬間、装甲馬車の機銃が火を噴いた! 銃撃戦が始まったらしい。魔法戦闘の多くは、まず銃撃戦から始まる。それ自体に殺し合う要素は少ない。飛来物防護の呪文で全て防がれるからだ。
 いくつかの魔法音。傭兵の魔法使いが敵の銃弾を弾く音。魔法を使えば、当然魔法使いは疲弊する。

 銃撃戦によって双方の魔法使いが消耗する。そこに生まれた隙を狙って致命的な魔法をぶつけるのがセオリーだ。
 火力で劣る盗賊団は奇襲を警戒し円陣を組む隊商に対しV字型の布陣で十字砲火を浴びせる。それを打開するため、傭兵は4騎1部隊の編成で騎兵を分散させ、盗賊団の陣形を崩しにかかる。

 商長が銃座から顔を出し、双眼鏡で状況を確認する。そして機関銃の轟音の中声を張り上げて状況を皆に伝える。
 大抵は銃撃戦の段階で双方の魔法使いの疲弊状況を推し量り、分が悪いと分かったら逃げる。ただ、今回は野盗側は勝てると踏んでいるらしい。逃げる気配が無いのだ。

 アンエリは怯えるしかない自分に大火の時の幼い自分を重ね合わせていた。
(このまま、何もできずに殺されるだけなの……?)
 轟音。分厚い窓ガラスから赤い光が差す。魔法攻撃が始まったのだ。やられたのは傭兵騎兵だ。4騎編成の1部隊がやられたようで、馬の死体が転がっている。

(また赤だ……)
 ふと、アンエリは誰かの視線を感じた。辺りを見回す。いつの間にかアンエリは闇の中にいた。
(久しぶりだね……)
 誰かの声が聞こえた! そんな気がした。闇の中、突如として無数の眼球がアンエリを見下ろす。

 魂が視線に吸い寄せられるような気がした。
(あなたの手で皆を守る……)
 声がアンエリを包み込む。まるで母に抱かれたような優しい心地がした。そして、いつのまにか――彼女は、戦場にいた。


◆3

 戦闘中の傭兵騎兵は8騎。4騎は傷つき装甲馬車に身を寄せていた。荒野のど真ん中、装甲馬車の中にいたはずのアンエリは、銃弾行き交う外にいた。
 アンエリは周りを見渡す。小銃を持った盗賊が驚いてこちらを見ている。傭兵騎兵も、こちらを凝視していた。

 誰もが異常事態に気付いていた。だが、誰もが行動を起こすことができなかった。アンエリは瞬きをする。身体の感覚が無い。まるで意識だけが空中に浮かんでいるようだ。
 彼女は疑問に思う。いま、この戦場には銃弾が飛び交っているはずだ。それはいまどうしている? 銃弾は……。

 何か破片のような小さなものが空中に浮かんでいる。それが銃弾だと気付くには時間がかかった。時間? アンエリは疑問に思う。
 体の感覚はない。ただ、アンエリは何かに包まれたような感覚。風もなく、音もなく……そこでようやく、アンエリは時が消えていることに気付く。

 気付いたのはアンエリだけではない。傭兵団長は突然戦場に現れた黒い騎士を凝視していた。視線が釘づけにされ、一寸たりとも動けなかった。
 黒い蠢動する鎧には、いくつもの黄色い眼球が瞬きしている。その視線を感じるだけで時が消失してしまうのだ。

 眼球の黒騎士は辺りを見渡すと、動けない盗賊の首を一人ずつ刎ねていった。盗賊団は無抵抗にその数を減らしていった。。
 傭兵団長はこの異形の騎士に、伝承にある女神の使徒を思い出した。
(ベルベンダインの……使徒だ)
 視線と、世界と、時を司る騎士。

 アンエリは無感情のまま最後の盗賊の首を刎ねた。そして盗賊団は壊滅した。
(これは……)
(わたしは力を手に入れたのよ、アンエリ)
 それは……かつての姉の声。それが今まさに、身体の奥底から沸き上がって聞こえる、懐かしい声!
(姉さん!)

 返事はすぐには帰っては来なかった。
(姉さん、帰ろうよ……ミジエンはすぐそこだよ)
 心の奥底に冷たい金属質な感情。
(わたしはもう、帰れない)
 意識が次第に戦場から装甲馬車の中へ戻っていく。
(わたしは超常の存在と契ってしまった……そう、あの大火の中で……)

(帰ろうよ……ひとりは寂しいよ)
(わたしはもう人間ではなくなって……しまっ……た……)
 気がつけばアンエリは装甲馬車の中で丸くなっていた。皆ざわついている。先程の出来事のせいだろう。
 アンエリは窓ガラスの向こうに姉を探す。そこにはつむじ風が巻き上がるだけだった。

 使徒による突然の介入に隊商は不安になったが、なにはともあれミジエン跡を目指すことにした。そこには自警団が組織されているし、装備を整えることもできる。傷ついた傭兵騎兵の治療もだ。
 アンエリは馬車の窓から荒野の先を見る。遠くにミジエン跡が見える。アンエリはぎょっとした。

 彼女を迎えるたくさんの視線。赤。赤、赤。それはゆらゆらと揺れる無数の眼球のようだった。商長が戸惑う。
「ここが……ミジエンなのか?」
「ええ、きっと……」
 ミジエンは無数の眼のような丸いポピーの花で埋め尽くされていたのだ。


 ポピー【2016加筆修正版】(了)


【用語解説】 【赤皮二足獣】
赤皮獣の近縁種で、軽快に2足で歩くタイプ。前脚は完全に退化し消失している。家畜化されたというよりは、乗用・労働用の家畜としてデザインされた生き物で、古代エシエドール帝国によって生み出された。草食性で、繁殖は胎生。春と秋に子供を産む。食用には適さない

【用語解説】 【装甲馬車】
戦闘用の馬車。飛来物防護の魔法があるのに装甲が必要かという話だが、装甲は防御用ではなく、特殊効果を持った金属を大量に使うことで魔法使いを強化するもの。装甲馬車は量産品ではなく、銃座と装甲板を用意し馬車をDIYで改造するのが普通である。中古車の需要も高い

【用語解説】 【盗賊団】
盗賊ギルドは地方と都市部ではその形態が大きく違う。地方で結成された盗賊ギルドは帝都の魔界の影響を受けないので、魔法を自由に使える。なのでその武力を強化し、略奪と襲撃を繰り返すことができる。騎士団との区別が曖昧であり、両者の特徴を持った盗賊騎士団も多い












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