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 ヴォイドアクセラレーター#1 追い込まれた部屋


◆1

 彼は耳を塞ぎたかった。この歴史的、国家的、国民的ニュースに。彼の名はゼミール。若き研究者ゼミールは逃げるように路地裏に駆け込み、ざわざわと偉業に震える民衆の声をシャットアウトした。
(栄光はおれが得るはずだったのに……)
 この日、新たな理論の果てにそれは完成した。

 ヴォイドジェネレーター。ヴォイド鉱から精製した謎の暗黒物質ヴォイドを結集させて作られた巨大発電設備。電力の供給はとても不安定で、電化製品など作ろうとしてもまともに動かない。それが、この発電機によって革命をもたらされるのだ。

 帝都は爆発したように湧いた。いままで電気といえば、電灯をパチパチ瞬かせる程度にしか役に立っていない。それが、安定して、高電圧、高電流を生み出し、その燃料は半永久的に必要としない。ヴォイドと繋がる混沌神ベルベンダインの力を使うからだ。号外のビラが路地裏まで舞う。

 路地裏にも逃げ場が無くなったゼミールは、自宅の扉を開けて地下室に駆け込んだ。荒くなった息を整えて、地下室の電気をつける。チカチカと瞬く裸電球が、地上での出来事をフラッシュバックさせて、小さな悲鳴を上げた。
 静かな地下室だ。いくつか部屋があり、精密機械が並んでいる。

 何もかもが油まみれだ。精密機械はそこらじゅうでカチャカチャ駆動し、毎日油を差さなければならない。
 これらは全てヴォイド鉱から暗黒物質ヴォイドを精製するための設備。そう、ゼミールもまたヴォイド研究者だった。
「あ、帰ったの?」

 背後から声。疲れにむくんだ瞼をして現れたのは、やはり油まみれの女だった。名はミシュス。ゼミールの助手である。
「休めたのか?」
「だいぶリフレッシュできたよ」
 そう言って腕を伸ばしストレッチ。
「データは取れてるよ。昨日の夜の分」

 昨日の夜。ゼミールは表情を曇らす。彼は昨晩研究の支援をお願いに奔走していた。眠れぬまま朝を迎え、こうして昼過ぎに戻ったところだ。
「精油に溶けたヴォイドは前回の方式より0.01%多くなったよ。どう? 実用化にはまだ遠いけど……」
 奥歯を噛みしめるゼミール。

「ヴォイドジェネレータが実用化された」
「そう、でも大丈夫。あなたの研究はヴォイドアクセラレーターでしょ。比較にならないよ」
「おれはダメなんだ……もう、何もかもに妬み始めたから、もう駄目なんだ」
 そう言ってゼミールは近くの破れたソファに身を投げた。

――

 今日もミクロメガスは予知に失敗した。何度やっても失敗するのだから慣れっこだが、10連続失敗ともなるとやはり徒労感が襲う。彼は瞑想室から出て、ボトルの水を呷った。一息ついて、窓から街を見下ろす。
 今日はお祭り騒ぎのようだ。

 何か予感がする。しかし、それは何のことだか分からない。かつて投げかけれた呪いが頭をよぎる。
『お前が誰かのために魔法を使うなら、呪ってやる! お前の魔法が届くことなく、誰かが死んでいくことを!』
 また間に合わない予感がする。それでも彼は動かずにはいられないのだ。


◆2


 ゼミールはボロボロのソファの上で目を覚ました。いつの間にか毛布が掛けられている。ソファも毛布も油が染み込んでいたが、不思議と今日は柔らかく暖かく思えた。
「ミシュス……何しているんだ?」
 目に飛び込んだのは、助手の奇妙な姿。

 実験室の真ん中にマットを敷いて胡坐をかいている。そして半眼で静かに呪文を唱えていた。身を起こしたゼミールに気付いて、ゆっくりと顔をこちらに向ける。
「何って……予知の練習」
 ミシュスは良い予感がするという。ゼミールは寝起きのコーヒーを入れようと、棚を漁った。

「いい予感か……何だろうな」
「きっと例の実験をすると、成功するってことだよ」
 ゼミールの手が止まる。しばらく逡巡した後、コーヒーの壺を見つけて棚から取り出す。手のひらサイズのコーヒー壺をじっと見つめるゼミール。
「いつかは、やらなくちゃな……」

 ためらっている一つの実験があった。まず、ヴォイドアクセラレーターは疑似的に魔法陣を構築する技術である。
 魔法陣と言うのは、魔法使いが何でも自分の思い通りにできる空間である。それを魔法を使うことなしに実現しようというのだ。暗黒物質ヴォイドを利用して。

 魔法陣内部では、魔力が異常な加速状態にある。それは魔法使いの高度な感情によって引き起こされるが常人には無理だ。そこでヴォイドアクセラレーターがこれを実現する。そのためには一つの実験が必要だった。
 すなわち、ヴォイドを利用した魔力加速実験である。

「魔力の加速実験は危険だ……ヴォイドの精製が不十分かもしれない。それに未知の領域が多い魔力を強制的に加速させたら、何が起こるか分からない」
「それをわたしがやれば、一番いいんじゃない?」
 ミシュスはまるで掃除当番のように気軽に言う。ゼミールにもそれは分かっていた。

「いいのか?」
「いいよ。どうせ、被験者を雇うお金もないんでしょ?」
 それを聞いたゼミールは内心喜んだことに愕然とし、しばらく目を伏せて言葉を出すこともできなかった。魔力がもし暴走して何かが起こったら? それの保険のために雇用費用はどうしても高くなる。

「今からがいいよ」
 コーヒーの壺を持ったまま何もできなくなったゼミールをよそに、ミシュスはてきぱきと準備を始めた。試作のヴォイドアクセラレーターを引っ張り出し、調整をする。
 それは、黒い半球がついた革製の小手の形をしている。
「嘘だろ?」

 ミシュスはヴォイドアクセラレーターを両手に装着し、計器のスイッチを次々と入れていく。
「大丈夫、わたしがあなたの止まった時を加速させるから。だって、今日はよい予感がするんですもの……さぁ、ヴォイドアクセラレーター、起動!」
 両手を掲げるミシュス!

 慌てて止めようとするゼミール。しかし、その動きはあまりにも遅く……それが実験を求める自分の内心を感じさせる。
 次の瞬間ミシュスの身体が黒いカビに包まれて、一瞬で消滅した。コーヒーの壺が落ちて割れる。後に残ったのはミシュスの服と……1対の小手だけだった。


◆3


 ゼミールは呆然としたまま動けなかった。
(ミシュスが……消えた?)
 突然のことだった。まるで今まで話していた相手が、突然崖から飛び降りたような……そんな感じがして、理解ができなかった。

「失敗……したのか?」
 ようやくその考えに辿り着いて、ゼミールは動き出すことができた。震える手でヴォイドアクセラレーターを慎重に拾い上げる。水晶のレンズの中に封じられた暗黒物質が渦を巻いていた。恐る恐る計器に向き合う。

 計器の示す値を見ても、想定した数値は得られていない。それどころか、何も変化しているようには思えない。本来ならば加速された魔力が検出されるべきなのに。
「こんなの、無駄死にじゃないか……」
 何故こんなことになってしまったのか、思いが頭を駆け巡る。

「予知なんか信じたから……行動を起こしたから……前に進んだから。だから失ってしまったんだ……」
 ゼミールはそれでもあきらめきれず、計器を見る。すると、一枚の置手紙。書いたのは、ミシュスだった。恐る恐る中身を見る。

『この手紙を見られたということは、わたしはもういなくなっていることでしょう……えへ、一度言ってみたかったんだ。最近予知を繰り返しているんだ。10回くらいだと思う? いいえ、もっとたくさん……その全ての予知が、あなたの栄光を予言している。予知を信じて』

「こんなの、栄光でも何でもない……」
 震える指で次の行を読む。
『わたしの場合は魔法の予知だけど、あなたにも予知がある。きっと成功する、きっと望みに辿り着く……それは叶うかどうかわからない。けれども、あなたが前へ進めるのは、きっと信じているから』

『きっとわたしは消える。望みを抱いて、頑張って、結果が得られない。それと同じ。でも、わたしはその先までわたしは見えている。わたしはゼミールの時を加速させたよ。きっとあなたは反対するから、手紙で贈る。実を結ぶのはゼミールだよ』

「本当に……時は動いているのか?」
 ミシュスを失ったゼミールはどうしただろうか? 答えは単純だった。いつもの日々を始めたのだ。今回の結果をレポートにしてヴォイド・システム専門誌へ投稿した。そして助手を欠いたまま研究を続ける。

 レポートの反響は無かった。それでも、日常が悲しみを麻痺させることをゼミールはよく知っていた。長距離走の最中、足の痛みを感じないように。日々の生活の中で忙殺されることで、様々な痛みを無視してきた。けれどもソファに横たわると、不意に涙がこぼれて止まらなくなる。

 涙が流れる。血を流すような、身体から人間らしさが流れ出ていくような感覚。突然ゼミールの瞳に怒りの炎が灯り、勢いよく立ち上がる。テーブルに無造作に置かれたヴォイドアクセラレーター。それを床に叩きつけようとして……ようやくインターホンが鳴り続けていることに気付いたのだ。


 ヴォイドアクセラレーター#2 加速する時


◆1


 訪問してきたのはミクロメガスと名乗る魔法使いだった。捉えどころのない年齢の顔をしている。
「すみません、なかなか気づかなくて……そういえば電信を頂いていましたね」
 訪問したいという急な連絡があったことさえ忘れていた。ゼミールは彼を1階の応接室に通し、紅茶を出す。

 ミクロメガスは五芒星派の装い、つまりは黒い詰襟に白手袋という姿をしている。階級章や勲章は見えない。
「先生の理論を拝見しました。わたくしはヴォイド・システムに並々ならぬ興味を抱いているのです」
 ゼミールの目が泳ぐ。
「いや、あの理論は……」

「大丈夫です。投資の準備はできています。わたくしは予知は苦手ですが……良い予感がするのです」
「予知……か」
 ゼミールは拳を硬く握った。予知、また予知だ。まるで自分以外の全員が答えを知っている授業のよう。
 それは別にして投資の話はゼミールの表情を和らげた。

――

 帰り際に、ミクロメガスはきょろきょろと周りを見渡していた。
「あの……何か?」
「いや、もう一人の気配がして……誰かいらっしゃいましたか? 挨拶を……」
「もう一人? いや、私一人ですが……」
 ゼミールの表情が曇る。今ではもう、ひとりぼっちだ。

「少し前までは、もう一人いたんですがね」
「それは聞きづらいことを言ってしまいました……」
「いいえ、いいんです。それよりも、一人の気配を感じるとはどういった……? 死霊でしょうか」
 ミシュスが死霊化しているという想像をして、ゼミールは唇を震わせた。

 ミクロメガスはというと腑に落ちない顔だ。
「死霊ならすぐに分かるはずですが……奇妙ですね、いるようでいない。まさに闇の中にいます……まぁ、別に関係ない話でしたね。それでは」
 そう言って彼は去っていった。ゼミールはしばらく立ちすくんでいた。

「闇の中……闇の……」
 ゼミールは考え込んでしまう。何かが生まれる気がする。自分の研究するヴォイドのことが頭から離れない。闇といったらヴォイドだ。
 そのまま地下室へと歩いていく。油の匂い。
「そうだ、今日も油の中にヴォイドを溶かして……」

 彼の目の奥に火花が、散った。

「油の中……闇の中……そうか、油に溶かしていたのは間違いだったんだ! ヴォイドに自らを溶かす必要があったんだ! だからミシュスは、溶けて……ああ!」
 転がるようにヴォイドアクセラレーターに縋りつく。
「実験は成功していたんだ!」

 震える手で小手を装備し、天井高く突き上げる!
「動け! ヴォイドアクセラレーター! 魔力を加速させろ! おれの止まった時を加速させてくれ……お前は間違ってなんかいない、お前は時を加速させたんだ……だから……」
 思いに、感情に呼応し、魔力の風が巻き起こる!

 魔力の風が彼の澱みを消し飛ばしていく。
「おれはダメだよ……背中を押されなきゃ、自分の時すら前に進めさせることができない……おれは、本当に……」
「でも、一歩踏み出したのはあなただよ」
 そんな声が聞こえた気がした。


◆2


 メアレディ……日傘を差した長髪の女吸血鬼。彼女がいまいるのはルーデベルメ工廠ギルドの実験地だ。
 帝都の大きな空地を利用した実験区域。元は巨大工場だったという更地にはいくつもの爆発の跡。メアレディはミクロメガスに命じられてここにきた。

「よろしく頼むよ」
 メアレディの隣にいるくたびれた研究者は、ゼミールだ。その両手には奇妙な小手がはめられている。
「こんなに早く完成したと聞いて、ミクロメガス様はお喜びです」
 天使のように笑うメアレディ。
「期待してくれよ」

「それで、ヴォイドアクセラレーターに必要不可欠なものって、何なのでしょうか」
 メアレディは天使の表情のまま首をかしげる。ゼミールはまるでいたずらっ子のように牙をむいた。
「教えたら止めるに決まってるからな。さぁ、魔力を加速させるぞ!」
 ゼミールは突然小手を掲げる!

 魔力の風が巻き起こり、土煙を立てた。青空が、視界が霞む。メアレディは止めようとしたが、逆にゼミールは彼女の動きを止めた。
「魔法陣が発動している。ここはおれのルールで動いてもらう」
「なるほど……完璧な性能ですね。お遊びをする理由はなんです?」

「研究資料はおれの家に全部まとめてある。家ごと寄付する。もういらないからな」
「どういうことです?」
「おれは加速された魔力の先へと行く……」
 ゼミールの目はもはやメアレディを捉えていない。その先、ずっと先を見ていた。
「言いたいことが分かってきました」

 カビのようなものがゼミールの全身に広がっていく。ゼミールは独り言のように解説した。
「生贄が必要なんだ。神の力を借りるからね。電力くらいなら生贄はいらない。けれども魔法陣を制御するとなると、さらに一段階上の権限が必要になる。ヴォイドに身を捧げる必要がある」

「もちろん毎回じゃあない。最初の1回だけだ。試作型を二つ、この世に残すよ。後は好き勝手やってくれ」
 メアレディは眉をひそめて、笑った。
「しょうがないですね、旅の先でも、お元気で」
 ゼミールは手を振った。そして……消えた。

(旅の先か……)
 超高速で加速していく魔力の流れの中を、ゼミールは泳いでいた。まるで流星雨を一束にまとめたような光のチューブを、彼は進む。
(これを予知したんだ、見てしまったんだ、あいつは)
 助手とはいえ、同じ道を進む同志だった。

(そりゃあ、時を加速させたくなるよ。きっとあいつは待っている、この光の先で……必ず!)
 光の粒子が加速する先に……巨大な暗黒が口を開けていた。
「これが、ヴォイド……」
「そう、あなたが辿り着きたかった場所」

 見知った声が傍にあった。
「いいや、違うよ」
 巨大な暗黒は、まるで暖かいスープのような、優しさに満ちていた。
「二人で、辿り着く場所だ」
 そして、二人は加速していった。まだ見ぬ、ヴォイドの深淵へと……。


 ヴォイドアクセラレーター(了)


【用語解説】 【ヴォイド】
混沌神ベルベンダインが濁積世を創造した折、世界の根幹として創造し採用した物質。ヴォイド鉱という鉱石として産出する。この物質の研究はヴォイド・システムとして体系化され、いま世界で最も強き神であるベルベンダインから力を引き出そうと世界中で研究が進められる

【用語解説】 【予知】
世界には運命があり、それを垣間見るのが予知である。世界の運命を司る秩序の神々と運命を捻じ曲げる混沌神の、パワーバランスと予知者への影響力によっては失敗することも多々ある。予知を行う際のペナルティとしては、自分の運命が混沌側に傾いていくというものがある

【用語解説】 【ソファ】
広く普及する家具。大抵は革張りだが、何の皮を使用するかでソファの性能は大きく変わる。シリンダーを組み込み、化け物の皮を使用することでソファに座ったまま便利な魔法を使えるようになる。リラックスしたり飲み物を出したり。ただ、魔法代は無視できない

【用語解説】 【魔力の風】
魔力が加速状態にあることを示す現象。ここから魔法陣を構築できる人間はあまりいないが、魔法陣に絶対必要な技術である。魔力の風自体には特別な効果は無く、示威行為や、集中力が高まった際自動的に起きてしまうなどで見られる。女魔法使いは服がヒラヒラする。してほしい

【用語解説】 【生贄を好む神】
神によって生贄を好むか好まぬかは個人差があるが、大抵は喜ぶ。ベルベンダインは好む方の神で、特に生娘の生贄を喜ぶ。殺された生贄はヴォイドと同化し、ベルベンダインの騎士と呼ばれる配下になる。暗黒の鎧に無数の眼球が開く、異形の天使である



【用語解説】 【生贄】
神々への捧げものとして有名。家畜や人間を殺し、神への供物とする。別に最初から死体でもいいが、ご利益は若干薄まる。自らの命を捧げるのが最大の功徳であり、それによって使徒へと転生することもある。捧げられた命は、神と同化し、安らげる場所へと行くとされている









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