「魔女の住む山にて」
そんなに長くない知らない世界の日常


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2013/8/11
ロバートは山の上に大きな遺跡を見た。あのとき薄れゆく意識の中で見た遺跡を
彼は夢中で窓にへばりつき眼下を見下ろした
どこまでもよく見える気がした。遺跡の中を誰かが歩いている
それはあの青緑色の魔女服を着た娘だった
彼女はにこりとこちらを見上げ笑っている……



ログ

2012/2/5
ロバート(地球語訳)は風切り山への旅路の途中、ふもとの村で一泊した
彼は民族学者であった。その山には廃墟の魔女の一派が住む。彼女たちに取材をするのが目的だ
村は藁ぶき屋根の掘立小屋ばかりで相当に寂れていた。ただ、村を囲む壁は不釣り合いに高く頑丈だった
ロバートは民家のひとつに宿を借りた。特別に夕飯を御馳走になる。茹でた芋と干し肉のスープを味わった
夕飯のお礼を言うと、その家の若い娘が嬉しそうに話しかけてくる


2012/2/6
「ネェネェ先生、何だってあんな危険な山に?」
魔女は実際危険な存在だ。平気で人を殺しその肉を食いすらする。この村の城壁もそれを防ぐためだ
この村が特殊な薬草の栽培に適していなければすぐにでも逃げ出していただろう
「魔女はとても古い文化を持っている。その歴史こそ、ぼくの知りたい所なのさ」
ロバートは今までも危険な民族との接触を経験してきた。しかし彼の知識欲はその恐怖にいつも打ち勝ってきた


2012/2/7
次の日の朝、ロバートは山へと出発した。ガイドは意外にも昨晩の娘だ
「あら、先生。これでもわたし山の女よ?」
彼女は小柄ではあったが骨太で、ひょいひょいと重い装備を背負っていく
「わたしはカトレア。8人兄妹の末っ子で暇なのよ」(※注:カトレアは地球語訳)
編み込んだぼさぼさのブロンドおさげを揺らしながら、彼女は足取り軽くロバートを先導する


2012/2/8
山道は石の階段が築いてあり楽な道だった。ロバートはこの道を作ったのは誰か考えていた
「先生、あれ、飛行便よ」
草すらまばらな不毛の尾根道から、二人は空をゆく飛行船を見上げた
「あれが昨日近くに着陸してるの生まれて初めて見たわ。先生、アレに乗ってきたんでしょ」
灰色の山肌と青く澄んだ雲ひとつない空の2色に彩られた風景の中、ロバートは静かにほほ笑んだ


2012/2/10
尾根道には強い風が吹きつけてくる。廃墟の魔女は風の魔法使いだ。こういう場所を好む
やがて石段の道の向こうに関所が見える。二人の若い魔女が胡坐を組んで門番をしている
ロバートとカトレアは緊張しながらそっと近づいた。片方の魔女が片目をあけてにやりと笑う
「観光ならお断りだよ。帰んな」
魔女が意地悪く言い放った。もう片方はじっと瞑想を続けている。この魔女ひとりでも二人の訪問客を殺せるのだ


2012/2/26
ロバートは背嚢からひとつの巻物を取り出した。魔女の目の前に突き出して広げる
「風切りの座の魔女の座長と何回か手紙でやり取りして許可証をもらっている」
瞑想を続けていた魔女が立ち上がり書類を確認する
虫眼鏡で判を確かめると、もうひとりの魔女に目配せをした。その魔女は、扉のかんぬきを外す
「ありがとう」ロバートは僅かばかりのチップを門番の二人に握らせカトレアと共に門をくぐった


2012/3/2
「座長に取り次いでもらえるなんて…すごいねぇ」
カトレアはロバートにそっと耳打ちした。ロバートは静かに笑顔で返す
関所をくぐると少し広い道になり、脇には高地の畑が広がっていた。数人の魔女が農作業をしている
水桶で水を運ぶ魔女や、ラマのような家畜をひく魔女。ロバートたち以外はくすんだ緑の魔女服を着た魔女だ
作業を中断して、物珍しそうに二人を見てはニヤニヤしたり、不審がっていたりしている


2012/3/4
やがてまた尾根道になり道幅は狭くなった。向こうには切り立った山と山肌に築かれた神殿
いつのまにかひとりの魔女が後をつけてきた。暗い緑の髪を後ろで縛っている。顔には垂れ布の仮面
「案内します」
そう言いながらロバートたちを追い越し先導する。そして3人は崖に築かれた神殿に入った
「あのひと、関所通ってからずっと後ろにいたよ」カトレアがそっと囁く


2012/3/18
神殿内部はたいまつも無いのに薄ぼんやりとした明かりに満たされていた
幅は狭いが天井の高い石造りの建築物である。壁面や天井には彫刻が彫ってある
彫刻は、この世界に生まれては消えていった神話的文明の意匠をしていた
魔女の言葉で隙間なく文字が彫られている。この神殿だけでも十分歴史的価値はありそうだった
ロバートは興奮しながら壁面を見つめている。これほどの建築物を魔女たちだけで建設できるのだろうか?


2012/6/21
やがて一行は大広間へと辿りついた
青緑色の魔女服と、顔を覆う垂れ幕をつけて壁際に魔女が何人も胡坐をかいていた
奥には座長が…皆と変わらない魔女服を身にまとい獣の毛皮の上に坐る魔女の長がいた
魔女は歳を取らない。若い女性の顔をした座長はしわがれた声で言った
「長旅御苦労。ま、茶でも飲むがいい。ロバート君」


2012/7/1
二人の前に茶が運ばれてきた。見たことも無い青い茶だ
カトレアは気味悪がってなかなか口をつけようとしない
彼女は魔女の脅威に怯え暮らしてきたのだ。無理もない…が、ロバートは意を決して茶を飲んだ
それを見たカトレアも目をつむって茶を飲む
「ごちそうさま」ロバートは飲み干して茶碗を置いた


2012/7/2
ロバートは軽くめまいを覚えた。隣を見るとカトレアが眠りかけている
「このお茶は…」
カトレアが倒れた。ロバートは魔女二人に支えられる
座長は平然と笑っている
「ここから先は秘密の領域…ロバート、お前だけに教えてやる」


2012/7/3
仰向けに寝かされたカトレアを置いて、ロバートは引きずられるように神殿の奥へ導かれた
だんだん身体のだるさが抜けてくる、と同時に意識が混濁していく
廊下はどんどん狭くなり、やがて階段が現れた
どこまでも続く階段だ。両脇を魔女に抱えられながら一歩ずつ登る
ロバートと、彼を抱える魔女の従者二人と、先導する先ほどの垂れ布の仮面の魔女


2012/7/5
長い階段の終わりには、一つの古びた重そうな扉があった
垂れ布の魔女が埃をかぶったその扉を開く
視界が光に包まれた。ロバートは魔女から解放され、よたよたと光の中を歩く
彼の目が焦点を結び視界が開けてきた
そこには――失われた、古代都市が広がっていた


2012/9/5
ロバートの意識がだんだん覚醒していく
この都市を見て彼は埃をかぶった学説を思い出した
古代帝国エシエドールのさらに昔
名前さえ失われた超古代神秘帝国の存在……
遺跡も文献も破壊されつくしたかに見えたが、こんな秘境にその存在の証が生きていたのだ!


2012/9/21
彼はふらつく足で遺跡の元へと歩き出した
各地の秘境に分散する魔女・魔導師文化……その源流がそこにあった
彼はもはや知識欲だけで歩いていた。この遺跡で新たな……確固たる学説が生まれるだろう
意識がだんだん遠のいていく……ここで倒れるわけにはいかないのに……
やがて彼の意識は完全に白く塗りつぶされてしまった


2013/8/6
ロバートは大広間、座長の目の前で目を覚ました。身体はまだ痺れがおさまらない
傍にはカトレアが座り、心配そうに彼を見ている
「あの場所は……いったい……」
しかし、座長はにこりと笑って言うのだった
「君は何も見ていないし、どこにも行かなかった……そうだね?」


2013/8/7
結局その後は特に収穫も無いまま魔女の住む土地から追い出されてしまった
ロバートは土産がわりの魔女の教本を鞄にしまうと、入口の門を後にした
「何も教えてもらえませんでしたね」
カトレアは残念そうにロバートを見る。重い荷物も持ってきた甲斐が無かった
しかしロバートは、あのとき見た光景を確かに目に焼き付けていた


2013/8/8
「確かに一瞬見せてくれた……と僕は信じたい」
「え……?」
ロバートは小さく呟いた後、ははっと笑った
「謎は……自分で解き明かさなくちゃな。教えてもらうんじゃダメだ」
カトレアは、何のことかさっぱり分からず不思議な顔をするばかりだった


2013/8/9
ロバートとカトレアは尾根道を下り、無事村へと辿りついた
村のひとは二人が無事であったことに喜び、その晩も豪華な食事を頂いた
結局何も収穫は無かった……ロバートはそうは思いきれない
おぼろげな記憶の中でみたあの景色は……きっと夢では無かったのだろう
ロバートは酒を飲み、ローストした肉をほおばり、朝までぐっすり眠ったのだった


2013/8/10
翌朝ロバートは飛行便に乗ってこの地を後にした
あと少しで辿りつけそうだったのに、全ては雲の下に消えていく
古代神秘帝国の存在……それはまだわからない
ロバートは飛行便の窓から外を見下ろした
雲の切れ間に、一瞬何かが見えた気がする





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