お題:手袋・保健室・磯辺焼き


 磯辺焼きと呼ばれる食べ物がある。辺境の食べ物だから都会育ちの観光客であるフィルとレッドは食べたことが無かった。今回、その磯辺焼きを食べれる街があると聞き、二人は灰土地域の南西地方にある海に近い大きな干潟へと観光にやってきたのだ。

 その干潟の岸辺には一つの街があった。魚人たちの住む街で、辺境といえどかなり発展した街だった。道路も舗装されているし、建物はセラミックプレートで壁が作られている。フィルとレッドはかなり安堵した。辺境に行くと設備が整っておらず苦労することが多かったからだ。

「フィル、ここは観光にかなり力を入れているようだぜ。見ろよ、あちこちに観光センターがある。トイレを探す必要はないぞ」

「地方都市は観光に力を入れないと寂れていくばっかりだからね、レッド」

 寒空の下おそろいのコートを着て、二人は屋根のない二階建バスに乗っていた。これから磯辺焼きがふるまわれるという廃校を利用した観光施設に行くのだ。

「しかしレッド、なんでもかんでも準備されているといささか物足りないね」

「そんなことないさ、便利なことはいいことだぜ、レッド。トイレが見つからなくて難儀するよりずっとましさ」

 二階建バスには二人の他にも様々な異種族の観光客が乗っており、磯辺焼きについて話に花を咲かせていた。やがてバスは校庭を改造した駐車場に停車した。乗客は皆一斉にバスから降りる。

「さぁ、メイン会場でげす。三種の磯辺焼き食べ比べ大会でげす。好きなのを好きなだけ食べれるでげす」

 魚人の案内人が小旗を振り観光客たちを案内する。会場には先に到着した観光客がすでに磯辺焼きを味わっていた。皆一様に黒いゲル状のものをおいしそうに頬張っている。屋台がいくつかあり、そこで磯辺焼きが調理され振舞われているようだった。

「おい、フィル、何だこの黒いぐにゃぐにゃしたやつ……」

「モチナマコという海産物だそうだ。それを炭火で網焼きにする料理らしいな。モチナマコは海辺でしかとれないらしい」

 フィルは観光ガイドを片手に屋台を覗いていた。異様なその黒いゲル状のものはナマコの一種らしい。海で取れるから磯辺焼きというのだそうだ。魚人の案内人が解説してくれた。

「レッド、僕はこの甘辛ソース磯辺焼きを試してみるよ。レッド……?」

「うーん、食欲がわかないなぁ……お前の磯辺焼きをちょっとだけ食べさせてくれよ、それで判断する」

「食いしん坊のレッドが珍しいことだ。……む、うまい。レッドもきっと気にいると思うよ」

 フィルはその黒いゲル状の食べ物を抵抗なく食べていく。磯辺焼きは口に頬張ると泡のように消えて、旨みだけが残るという珍味だった。フィルはいくらでも食べれそうだと思った。

「どれどれ……こんな気持ち悪いもの……む、ウマー!」

 レッドはさっきまでの抵抗を忘れ、旨みの虜になり次々と食べていく。口ですぐに溶けてしまうため、何度食べても満腹にならないのだ。

「いけないでげす! 磯辺焼きは食べ過ぎると副作用が出るでげす! お客さん、食べすぎでげす!」

 そのとき魚人の案内人がレッドを制止に現れた。慌てて食べるのをやめさせる。

「え、食べ放題じゃ……」

「満腹にならない副作用が出るひとがいるでげす! 緊急手術でげす!」

 気が付くと、レッドのお腹は風船のように膨らんでいた。魚人のスタッフが次々と現れ、レッドは廃校の校舎へと担がれて運ばれていった。

「聞いてないぞ、おい! 手術だなんで聞いてないぞ!」

「レッドはやっぱり食いしん坊だなぁ」

 あきれるフィルを置いてレッドは校舎の中、保健室に運ばれていった。そこには手術服を着た魚人のスタッフがいた。すでにメスなどの道具が並び、スタッフは手袋をつけて準備万端のようだ。

「手術代はいただかないでげす! 安心するでげす!」

「ギャー!」


 フィルは磯辺焼きをゆっくりと頬張りながら一人呟いた。

「まったく、食べすぎは良くないね」


2014/1/24









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