「さあ、お召し物を。そんな格好では、お父様に笑われますよ?」
「いや、僕はもう少し泳いでいるよ」
 少年は宮殿の庭にある水場で泳いでいた。石像がいくつも並び、石畳の通路が敷かれている。お目付の若いメイドは、服を抱えてほとりに立っていた。少年が溺れないように、注意して見ていた。
 この水場は30キロ離れた水源から水道橋で運ばれた水が満ちている。霊水と呼ばれ、難病に効くと言われている。メイドは少年の裸体を見ていた。いまは何も身につけていない。愛おしいと思った。
「もうすぐあなたのお父様がいらっしゃいます。お父様に怒られてしまいますよ、私も、あなたも」
 少年は水底に足をつけて立ち上がった。静かにメイドを見る。少年の父は高貴な血を引く街の有力者だ。その富と権力で宮殿を築き、水場を作った。
「何で怒られなくちゃいけないんだ。僕は僕の姿でいる。それのどこを怒られなくちゃいけないんだ」
「あなたのお父様はあなたの姿を好ましく思っていません……残念ながら」
「勝手に思わせておけばいい」
 少年はいま政治と経済の帝王学を学んでいる。いつか、跡取りとなるためにだ。彼の父には13人の子供がいたが、皆若くして死んでしまった。生き残ったのは、少年だけだ。しかし、少年にも深刻な病が付きまとった。
 少年は免疫が弱く、身体中に真っ黒なカビが生えていた。それでも生きているのは、少年の奇跡的な生命力の故だった。高貴な血を求め近親相姦を繰り返した末のことであった。
「僕は僕のままで生きる。どこも恥ずべきものなどない」
 黒い裸体のまま、少年は強い視線で遠くを見ていた。溢れる生命力が瞳の奥で輝いている。それを若いメイドは、愛おしいと思った。


書き出し.meで公開したものの転載です









もどる