お題:夢・肉・レポート用紙


 街の発明家が面白い機械を作ったというので、さっそく知り合いの若い娘は発明家の家を訪れた。発明家はまだ若い男で、暇さえあれば傾いた木造3階建ての家で研究に没頭しているのだった。奇妙な機械を作っては、街の好事家に売って生計を立てていた。

 今回作ったのは「夢の献立装置」だという。彼は電信でそれしか話さなかったので、娘は期待と不安を抱えて家の機械式ドアベルを押したのだった。リンリンと鈴の鳴る音が響き、すぐさまドアが開かれた。自動式ドアだ。発明家のスイッチ一つで動く。

「夢の献立装置って……どんな夢を叶えるんですか?」

 スカートの裾を積みあげられたがらくたの山に引っかけないように娘は注意して奥へと進んだ。彼は寝食を惜しんで研究に没頭しているが、多くは失敗して何の役にも立たない機械が増えていくばかりだった。空を歩く靴だとか、注がれた水を甘くするコップだとか、風向きを変える凧だとか、そういう目的の、実際にはなんの効果も示さなかったがらくたが所狭しと置いてある。

「今回も失敗じゃないでしょうね、ちゃんと動くんでしょうね」

「問題なぁーい! 万事うまくいく!」

 発明家は狭いリビングでくつろいでいた。回転椅子に腰かけたままくるりと回転して娘に振り向く。彼の顔は自信に満ち溢れていた……これはいつものことであったが。

「さっそく実験に入るが……まぁ喉が渇いただろう。紅茶を飲みたまえ」

「待ってください。どういう機械なんですか」

「言葉で説明するよりも、実際の効果を体験するのだぁーっ!」

 リビングの小さいテーブルにはすでに紅茶が用意してあった。娘が遠慮していると、発明家は紅茶を持ち無理矢理娘に飲ませたのだった。

「何するんですか! 私はまだ紅茶はいいって……」

「まぁまぁまぁ、まぁまぁまぁ」

 すると娘は急に眠くなって、そのまま安らかな寝息を立て始めたのだった。力なく崩れる娘を片手で抱いた発明家は、カップを机に置き娘を傍にあった安楽椅子に寝かせた。

 夢の中で、娘は巨大な化け物に追いかけられていた。肉塊の化け物だ。まるで肉屋に並んでいるような桜色の肉の塊がごろごろと転がってくるのだ。娘は悲鳴をあげながら逃げ惑った。だが、巨大な肉塊はいつまでも娘を追いかけ転がっていく。いままさに押しつぶされそうになった瞬間……彼女は悲鳴を上げて飛び起きた。

「おはよう、いい夢を見れたかね? それでは機械の力を見せてあげよう」

 娘は発明家をじろりと見た。彼は紅茶に睡眠薬を入れたのだろう。彼は突飛な行動をよく取るため彼女はこういうことに慣れっこだったが、流石に今回は手荒だった。抗議すると、彼は笑って言った。

「悪かったね。だが、これは一度夢を見る必要があるのだよ。夢で見た食べ物を実際にこの世に召喚する、そういう機械なのだ」

 見れば机の上に小さな冷蔵庫のような一枚扉の箱が置いてある。白くすべすべしていて、赤や青の配線が表面にテープで留められていた。配線は娘の左手首まで伸びていて、そこに巻かれた緑のリストバントと接続されている。

 彼女は不思議に思った。夢で食べ物など見ただろうか。彼女は必死に夢を思い出そうとした。夢の中で……巨大な肉塊に……。

「さ、スイッチを入れるよ。どんな食べ物が出てくるかなー。君はどんな夢を見たんだろう」

 娘ははっと気付いた。まさかこの後召喚されるのは……娘は発明家を必死で止めようとした。だが間にあわず、彼は箱についたスイッチを入れる――。
 次の瞬間、巨大な肉が箱の扉を開けて飛び出した。肉の波に溺れそうになりながら、発明家はやっとのことでスイッチを切ったのだった。

「もう、夢の内容くらい聞いてからスイッチ入れなさいよね!」

 発明家の家の庭では、肉を次々と焼く香ばしい匂いが満ちていた。せっかくだから食べてみることにしたのだ。発明家は家の縁側に座ってボードに留められたレポート用紙に実験結果を書いていく。

「だって、それじゃつまらないじゃないか」

「なんでよ」

「発明には、作った僕でさえ知らないサプライズがないとね」


2014/2/26











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