お題:アイスクリーム・少年少女・屋台 その夜は太陽復活祭だった。街の中心の広場では大きなかがり火が燃やされ、日干し煉瓦でできた街並みを照らしていた。その街並みを歩く少女が一人。彼女はその晩母親とはぐれ、泣きながら街中を歩きまわっていた。 帰る道も合流できる目印も分からなかった。祭りの街と住む家は遠く離れていて、自力で帰宅することは不可能だった。少女は泣きはらした目で薄暗い街並みを見渡すが何も手掛かりは無い。目に映るのはたくさんの灯りだった。沿道にはたくさんの屋台が並び、橙色に輝くランタンを幾つも下げている。 この街にはまだ電気が来ていなかった。ランタンの灯る光は、まるで橙色の星のように街中に溢れていた。素晴らしい光景に映っただろう、この少女の隣に母親がいれば。通り過ぎる人たちは泣いている少女に視線を向けるも、知らないふりをして通り過ぎていった。 少女は歩き疲れ、街角の壁にもたれて座り込んでしまった。しばらくじっとしていると彼女に声をかけるものが現れた。 「ねぇ、きみ、どうしたの?」 顔を上げた少女は、目の前に仮装をした3人の子供を見つけた。 真ん中に立っているのは、かぼちゃの化け物の仮面を被った少年、両脇にいるのはボロボロの犬のぬいぐるみを着た少年と、案山子の格好をした少年だ。 「泣いてる、泣いてるよ」 「どうしたんだろう、どうしたんだろう」 「お母さんとはぐれたの」 「何だ、そんなことか」 かぼちゃの少年は、ステッキを取り出し指揮棒のように振った。すると、ランタンが三つどこからか飛んできて宙を舞ったのだ。少女はその不思議な現象に目を輝かせた。通行人は何故かその奇妙な手品に目もくれない。 「僕らと一緒に遊ぼうよ」 「そうだよ、お母さんなんて見つけなくていい」 「きっと楽しいよ」 ボロ犬の少年は口から煙の輪を吹き出し、宙に舞うランタンをくぐらせた。案山子の少年は棒の足を軸にしてくるくると回っている。 「でもお母さんが悲しむよ。わたし、家に帰らなくちゃ」 「えー、遊ぼうよ、ほら」 かぼちゃの少年が少女の腕を掴んだ。少女は驚いてその手を振りほどく。少年の手が、ぞっとするほど冷たかったのだ。 「そうだ、もっと後で遊ぼうよ、いつかわたしこの街に来るから。そのとき思いっきり遊ぼうよ。約束しよう」 少女はそう言った。かぼちゃの少年は、仮面から覗く口で思いっきり笑みを作った。 「そうしよう、いつか、きみを迎えに来るから。楽しみにしててよ。素晴らしい日を約束しよう。ケーキをいっぱい作って、アイスクリームを食べよう。バチバチはじけるレモネードを飲むんだ!」 そう言って少年たちは爆竹を取り出すと、宙に舞うランタンを一つ取って爆竹に火をつけた。すぐさまバチバチと音が鳴り響き、辺りは白煙に包まれた。少女は思わず顔を覆う。音が鳴りやんだ後、少女はゆっくりと目を開ける。白煙の晴れた後、そこには誰もいなかった。 そのとき、遠くから少女の名を呼ぶ女性が姿を現した。少女の母親だ。少女は立ち上がって母親に駆け寄る。涙を流して再会を喜んだ。そうしてその夜は終わったのだった。 それから何年も過ぎた。少女は大人になり、今はひとりでこの太陽復活祭に来ている。残念ながらこの機会が来るまで太陽復活祭に来ることは無かった。しかし、少女は――今は年頃の娘となった少女は、あのときの約束を覚えていた。 あの不思議な少年たち……彼らはあのときの約束を覚えているだろうか。娘はランタンに照らされる街中を歩いてそんなことを考えていた。あのときと同じように屋台が並び街の中心では大きなかがり火が燃やされている。 あのときと違うのは、彼女は泣いていないし、帰り路も分かっているということだ。何年も立っているが、娘はあのときの少年たちに会える気がした。あのときうずくまっていた街角を訪れる。そこには先客がいた。 黒い詰襟に身を包んだ青年が一人壁に身を預けている。娘が覗きこむと、青年は軽く手を上げて礼をした。胸には、かぼちゃの形の勲章がひとつ光っている。 「待っていたよ。僕一人になっちゃったけどね。さぁ、きみを迎えに来たよ。今日を素晴らしい日にしよう」 そうして彼女は消えた。分かっていたはずの帰り路も引き返すことなく。ただ、太陽復活祭の日にだけ、嬉しそうな顔で青年と歩く娘の影を見つけることができるかもしれない。 それは遠い遠い国のお話。 2014/1/30 |