――天使病の日


 天使病と言う病が突然現れた。それに罹ると背中から羽毛状の羽が生えてきて、養分を奪われて死ぬというのだ。治療法は無く、しかも感染力が高かった。
 いまや街の外の農地に穴を掘り、毎日天使の死体を埋める作業ばかり続いていた。病院もパンクし、廃墟となったビルに天使病患者を川の字に並べているだけだった。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 一人の僧がゴーストタウンとなった街を歩いていた。まだ若く、編みがさを被り袈裟を着ている。錫杖で地面を突き、念仏を唱えながらひたすら歩いていた。
 少女が一人、無人の駅に座っていた。彼女の背には天使の羽があった。駅には電車は来ない。交通機関は麻痺して久しい。
 少女は僧を見て言った。

「お経で病気が治るの?」

「生憎拙僧は医者ではない。だが、心を安らかにすることはできる。南無阿弥陀仏だ」

「難しいことは分からないよ」

 少女はお経には興味が無さそうに、自らの天使の羽を撫でた。

「私は仏教はよく分からないけど、物質に意味は無くて全て空なんだって?」

 若い僧は念仏を止め、その場に立っていた。僧は少女の目の奥に大きな諦観を見つけた。この娘は自分の命が長くない、そう思っているのだ。

「ある宗教は言ったよ。人類はいつか神の前に裁かれる日が来るって。今日がその日なのかな。わたし、何か悪いことしてたのかな」

 人類は今や滅亡寸前だった。人類の九割は天使病に罹患し、死ぬのを待つ日々だ。残りの人類はシェルターに生き伸びたが、いつまで生きられるかは分からない。
 僧はゆっくりと口を開いた。

「悪いことをしたから裁かれるのではない。悪いことをしているかどうか計るために裁判はあるのだ。君が悪いことをしていないというのなら胸を張れ。拙僧は、君の弁護をしよう。なに、結局宗教は皆同じだ。畑は違えど、立派な弁護士役にはなるぞ」

 そう言って若い僧は、また念仏を唱えながら街をゆく。少女は僧の後ろ姿を見た。その背面にも、少女と同じように天使の羽があった。
 どういうことだろうか、天使病に罹ったら、動けなくなるほど養分を吸い取られるはずなのだ。なのに、あの若い僧も、そして自分も、自由に動けるのだ。

「わたし、いつ死ぬんだろう」

――天使病適応者、もしくは天使抗体所持者。この研究が進むには、あと100年の時を経ねばならなかった。文明は崩壊したが、人類は生き伸びていた。天使の羽を得て、許されたもたちが……そこにはいたのだ。



弁護士、仏教、天使のお題で書いた三題噺です











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