――ネズミ算式欲望貯金


 ある王様がいた。その国は荒野にカブを植えて、干して他国に売るくらいしか産業が無い貧しい国だった。貧しい国の王様だったので、絹のローブ一着が国宝で、他にそんな豪華な服を持っている国民もいなかったし、国王自身他に麻の服しか持っていなかった。防壁を作る金もなく、仕方なく大きな堀を作っているだけだ。

 国王は悩んでいた。彼は若いだけが取り柄の王だったし、自分に知恵が無いことを悔やむ王でもあった。
 そんな折、謁見を求める者が一人いた。彼は一見道化師のような格好をしていた。そのため、近衛兵たちは怪しがってなかなか彼を謁見の場に通さなかった。
 だが、王は彼の言葉を聞いて、話を聞く気になったのだ。道化師は言っていた。

「お願いです。この国に、とてもいい話を持ってきたのです。国民はカブを育てなくてもよくなるでしょう」

 それを聞いた国王は、絹のローブを着て精いっぱい威厳を出し、道化師に言った。

「どんな話だというのだ。方法を言え」

「この金のネズミでございます」

 道化師は懐からひとつがいのネズミを取りだした。それは金色に輝いており、貧しい国王はその余りの豪華さに腰を抜かしてしまった。

「我にそのような宝物を買う金など無い……他を当たってくれ」

 国王は金の輝きに目がつぶれそうだったので、手で目を覆いながら玉座に縋った。道化師は笑って言う。

「この国でこのネズミを育てさせてほしいのです。カブさえあればネズミは育つでしょう。金のネズミは金の子ネズミを生み、それは無限に増えていくのです」

 国王はそんな上手い話があるものかと訝しがったが、こちらの不利益になることなど無い。カブは余っている。
 その日からネズミを育てる銀行の建設が始まり、ネズミの量産が始まった。ネズミは20日で子を生み、またたく間に増えていった。それは恐ろしい速度だった。

 最初国王は喜んでいた。金のネズミがどんどん増えていく。それは喜ばしかった。しかし、次第に恐れを抱き始めた。このままでは、国民は何の取り柄もない自分を捨てるのではないか。
 現に、銀行のネズミを一匹売るだけで、国宝の絹のローブがいくらでも買えてしまうではないか。国民は競ってネズミを育て始めている。
 次第に国王は病み始め、とうとう半年後の月夜の晩、国王は銀行に火を放った。

 呆然と燃える銀行を見上げる国王。国民が彼の周りに集まってくる。しかし、それは国王の知る国民でなかった。金でできたネズミの人間だ。彼らは燃えていく銀行の火を消そうと、狂ったように炎に飛び込んでいく。
 国王は頭を抱えてその場にうずくまった。燃え上がる炎は道化師の姿を象り、夜空に大きな笑い声を響かせる――。

「国王様? 国王様?」

 道化師の声が聞こえる。国王は我に返った。何か幻想を見ていた気がする。だが、それが何か分からなかった。国王は現在の状況を整理する。
 そうだ、道化師が、この何の取り柄もない王宮にやってきたのだ。そして、謁見を求めてきたのだ。

「悪い。少し目まいがしたのだ。道化師、お前は何用でこの宮殿に来た?」

「ハハ、それならもう済みました」

 道化師は笑って踵を返す。

「もう、国王様の欲望の欠片を頂きました。それで十分です」

 そう言われても国王は何の事だか分からない。道化師は風のように去っていき、何の痕跡も残さなかった。もしかしたら彼は自分の悪い夢を持ち去っていったのかもしれない。そのせいか、自分の着るこの絹のローブが、少しだけ軽く思えたのだ。



道化師、ネズミ、銀行のお題で書いた三題噺です










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