――部長は僕にどうしても処女作を書かせたいようです




 僕らの高校の文芸部はとにかくひとが少ない。若者の読書離れとはよく言われるが、多分うちの高校が異常なだけである。
 部長が美人だから少しは下心を動かされた男子でも入ってきて良さそうなものだが、部長はいわゆるガチ勢で、とにかく文芸部の機関紙に載せる原稿を催促する。その点は少々ウザいところもあるが、部長は決して「質の低い」原稿を掲載拒否することは無かった。彼女なりの哲学であろう。

 ただでさえ部員が少ないのに、そんなこんなでついていけなくなった部員から幽霊部員と化し、とうとう僕と部長の二人しかいなくなってしまった。その結果、部長が3年生になった年の秋、廃部が決定的になってしまうのだがその話は別の機会にしよう。

 その一年ちょっと前、僕が入学して文芸部に入った頃の話をしよう。僕は初めての小説を完成させるために四苦八苦していた。なにせ、生まれて初めて書く小説である。一文字も進んでいない白紙だった。ある日の放課後、部長にそのことを相談しにいったのだ。

 部長は部室にいた。椅子に行儀よく座って、コーヒーを飲んでいた。部長はやたらとコーヒーを飲む。僕はいつも、結石になったら大変なのにと思ってはいたが口には出さなかった。

「部長、今日もコーヒー飲んでますね」
「うむ、私たちは文字列のアスリートだからね。スポーツドリンクの代わりにコーヒーを飲むのさ」

 ガチ勢らしいコメントである。僕は軽い話題もそこそこに本題を切りだした。

「部長、僕は何を書いたらいいか分からないのですよ。ネタも無いし、文才も無いし、いったい何を書けばいいのか分からないですよ」
「何が難しいの? 文字数? 表現? プロット?」

 僕は正直に言う。

「全部ですね」
「なるほど、じゃあ、あなたの書く量は500文字でいいよ」

 正直に告白しよう。それを聞いて、僕は少しつまらなくなった。

「500字なんて小説なんですか? 短すぎてつまらなそうです」

 部長は幽霊のような長い髪の奥から瞳を光らせた。まるで「言うと思った」といった感じである。僕はクロスカウンターに備えた。ただ、彼女のパンチはいつも柔らかくて、優しかった。

「何? あなたは処女作から最高の評価を受けるような奇跡的一歩を踏み出したいわけ? 多分つまらないだろうけど、大事な大事な処女作なんだから、パパっとつまらないものを書いて、最速の、最短距離での一歩を気軽に踏めばいいのよ」

 部長は優しく笑う。

「心配しなくても、あなたの最高傑作は長い人生の中のどこかで書ければいいのよ」

 ガチ勢らしい意見である。僕は少しだけ気が楽になった。僕は礼を言って自分の執筆に取り掛かろうと思ったが、部長の話はまだ終わらない。

「そうだ、どうせつまらないものを書くなら、とことん思い切ってみたら? 『あ』の文字だけで書くとか、擬音だけを並べてみるとか、wikipediaの引用が9割だとか……」

「僕の処女作を何だと思ってるんですか! いいですか、一応本気で書くんですからね! つまらなくても、読んでくださいよ!」

 それを聞いた部長は話をやめて、小さく笑った。

「わかったよ、待ってるからね。あなたの初めての一歩を」


――部長は僕にどうしても処女作を書かせたいようです (了)











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