――三流凡人のトリック


 僕はいつになく自信満々だった。自信過剰さが無ければ文章を書いて他のひとに読ませるなんてできないだろう。ただ、その日はいつにもまして……いい話が書けそうだと、目を輝かせ、胸を膨らませていたのだ。

「次の作品は、犯人がいない推理小説にしようと思うんだ」
「それは……危ないぞ、君」

 放課後の空はすでに青を失い、豊かな夕焼け空に染まっていた。この部室から覗く景色を時折眺めては、僕は夢想を繰り返した。その瞬間が、いちばん充実した時間に思えた。そして、僕の隣には部長がいる。
 文芸部の部室で、僕と部長はネタを出しあう遊びをしていた。ネタを出すなら自由だし、いいネタができたら書けばいいのだ。僕も部長も、面白いネタを前にして執筆をためらうような根性はしていなかった。
 しかし、部長は僕が出したアイディアに不満のようだ。

「危ないってどういうことですか、部長」
「素人ほど、奇をてらった作品にしようとして、手ひどい失敗をするんだよ、君」

 部長はニヤニヤと笑って僕に言う。部長は相変わらずホラー映画の幽霊のように髪をだらりと前に流していて、美人だという評判の実感を僕に欠片も与えてくれなかった。
 部長がふふんと鼻を鳴らして、椅子の背もたれに背中を預ける。貧相なパイプ椅子が、部長の少なめの体重で僅かに軋んだ。

「聞いてみよう。オチは何だ」
「それが凄いんですよ。放火で亡くなったと思ったら、実は金魚鉢がレンズになっていて虫眼鏡のように黒い紙を燃やしたのが原因だったのですよ」
「あのなぁ、君……そういうトリックが過去何回使われたと思っている? はっきり言って、小学生に教えるようなトリックだぞ」
「マジですか」

 僕は唖然として、ネタ帳を引っ張りだし、アイディアメモに二重線を引く。部長は僕よりも多くの本を読んでいる。ジャンルを問わず読んでいるので、僕のような専門分野以外は門外漢の、ありきたりなアイディアをよく注意していた。

「そういうことだ。凡人のお前が思いつくようなことは、かつて何人もいた天才たちが、ちょっとは考えたことのあるものばかりなんだ」
「そんなこと言ったら、何も書けなくなっちゃじゃないですか」
「む、確かにそうだ。じゃあ、誰でも思いつくネタを、私たちのオリジナルにするべくアイディアを加味しようか」
「加味?」

 必死にアイディアを絞りだす僕。部長は長い髪の奥で、きらりと目を光らせる。僕はようやく、一つの答えを見つけた。不可能を可能にするのも、道理のつかないことに筋道を示すのも、全ては作者の仕事だ。

「じゃあ100歩譲って犯人がいることにしましょう」
「ふむ」
「自然に起きた火災と言うことにするため、被害者に金魚をプレゼントする。そして犯行に及び、火をつけ、証拠を隠滅し、犯人がいないようにカモフラージュする」
「なるほど、自然だな」

 部長は得意顔でメモ帳にネタを書いていく。僕は、アレ? と言った顔で部長に突っ込む。

「部長! それ僕のネタですよ!?」
「うるさい! 君のネタは三流なやつだったろう! これは私のアドバイスがあったから……」
「あ、じゃあなんでそのトリックがばれたか教えませんよ」
「何? 卑怯な!」

 僕はすまし顔でその“答え”をメモ帳に記していく。横から覗きこもうとする部長。それを僕は身をよじってかわす。

「不完全な犯罪を完全なものにする。完全な犯罪の綻びを見つける。それが推理小説の醍醐味じゃありませんか。そんな大切なことを、僕は他人に漏らしませんよ」

「さっきまで酷いトリックをドヤ顔で披露した者の台詞とは思えない……いいでしょう。私も、トリックを考えます。どっちが面白い推理小説か、勝負だ!」

 こうして今日も二人だけの部室には話題が絶えないのだった。


――三流凡人のトリック (了)












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