――秘密のお仕事 「なぁ、何でシンシアは俺達のパーティーから抜けたんだ」 「知るかよ。あいつにもプランがあるんだよ。人生のな。冒険者の他にやりたい夢があるんだよ、きっと」 湿っぽく、カビ臭いダンジョン。壁は煉瓦で覆われているが、積み方がちぐはぐだ。梁の木材は腐って今にも折れそうだ。 そんなダンジョンに男が二人いた。一人は戦士、バケツ型のヘルメットとチェインメイルを装備している。もう一人は盗賊。革鎧を身に付け、腰には盗賊道具をぶら下げている。それほど豪華な装備ではない。一般的な、駆け出しの冒険者の装備だ。しかしそれらは使いこまれていて、彼らがただのルーキーではないことを示している。 少し前まで、二人の仲間にシンシアと言う女魔法使いがいた。三人は丁度新しいメンバーを求めて酒場で出会い、パーティーを組んだ所だった。そして1ヶ月は経っただろうか。商売仲間として適切かどうか冒険の中で確かめあっていた。 冒険者は命のやり取りをする危険な仕事だ。信頼のおける仲間でないといけない。共に冒険を重ね、信用に足らないと思えばパーティーから抜ける。そうしてベストな仲間に巡り合うまで、色々なパーティーを転々とすることはよくあった。 丁度バンドメンバーがよく入れ代わるのと同じだ。しかし、この二人の男とシンシアは一見上手くやっているように思えたのだ。喧嘩もしなかったし、主張や方針等で衝突することも無かった。 「はぁ、僕が何か悪いこと言っちゃったのかなぁ。シンシア……いい子だったからって近づきすぎたのかなぁ、ウザかったかなぁ」 「そうやって後悔するのがお前の一番ウゼェところだよ! いいか、出会いなんて風が過ぎるように通り抜けていくもんさ。留まることなんてそもそもレアなのさ」 落ち込む戦士を盗賊がどつく。実際彼ら3人は仲が良かった。これからも冒険を続けられそうな……そんな雰囲気だった。だが、シンシアは急に別れを告げた。理由は、一身上の都合と言うことだった。彼女は冒険者を廃業すると……そう言ったのだ。 直前に喧嘩をしたわけでもない。トラブルがあったわけでもない。依頼に失敗したわけでも、報酬が少なく苦労したわけでもなかった。 しかし、いつまでもそれに引きずられてはいけない。冒険者は日々働き、もしものために貯蓄し、腕を磨かなければならないのだ。 そんなこんなで二人に減ったパーティーでも、こうして依頼を受けてダンジョンに赴いていたのだった。 「ところで今日の任務は何だっけ……」 「ダンジョンの奥に不法滞在している魔女をどうにかするんだとよ」 「魔法戦闘か……シンシアがいれば心強かったなぁ」 「そうやって過去を引きずるのがお前のウザさだよ!!」 やはり魔法に対抗するのは魔法が一番である。だからと言って、二人は物怖じしなかった。二人は十分経験を積んでおり、魔女が一人いるだけで全滅するほど軟ではない。 もし予想より強くても撤退するだけの判断力はあるし、何より交渉次第で戦闘にならずに問題を解決することも多かった。 二人は雑談もそこそこに、目的の小部屋の前へと辿りついた。ダンジョンの奥にある小部屋らしい。古びた木製の扉が閉まっていた。隙間から明かりがもれている。誰かの気配。魔女は、ここにいる。 二人は手信号で合図をして、突入することにした。お上品にノックして入れば相手に隙を与えることになる。こちらのペースに乗せるのだ。威圧感で交渉はどうにでも転ぶ。息を殺し、扉を解錠する盗賊。扉を蹴破る戦士……その先には! 「ぎえぇ! 誰、誰なの!?」 「シンシア!?」 「え、あんたたち……」 そこにいたのはシンシアだった。シンシアは紫色のローブに青いとんがり帽子と言う魔法使いの格好そのままで、机に向かっていた。ダンジョンに不法滞在する魔女とは、シンシアのことだった。小部屋の中にはシンシアと机、そして書きかけの原稿が……。 「お前本書いてるのか。お前、夢叶えたんだな……」 シンシアは恥ずかしそうにしている。シンシアは、本当は冒険者ではなく本を書きたいと漏らしていたことがあった。戦士と盗賊に笑顔が零れる。彼女がパーティーを抜けたのはこれが理由だったのだ。 「なんだよぉ……シンシア。本を書くなら言ってくれてもいいじゃないか」 「それにしても、なんでこんなところで……」 「秘密の本だから……実家じゃ書けないから……」 「読ませてよ」 「だめー! だめー!」 戦士は原稿を見てびっくりした。男同士で絡み合っている内容なのだ! 盗賊も脇から覗く。シンシアは必死に隠そうとする。 見せられないのもそのはずである。実家では書けない……ボーイズラブの原稿だったからだ! 「へぇ、『二人は唇を交わし合い、指を絡ませて……』」 「ダメー! 読むなー! しぬー!」 この後長々と音読して散々怒られた戦士と盗賊は、今回の依頼費用をシンシアのために分けてやった。シンシアの新しい門出を祝うために。彼女の……夢のために。 即興小説で書いたものの加筆修正版です |