――秘境の湖に巨大ゴキブリを見た!


「秘境の湖にて巨大ゴキブリを見た! 捕まえに行こうぜ!」

 放課後、サトルは帰ろうとする俺の隣に滑り込むように近寄り、興奮した様子で囁いた。その細い目は期待で輝いている。
 彼はいつも俺に無茶ぶりをするが、今日は一段とハードな内容のようだ。俺はダッシュで教室を逃げだしたが、あっけなく追いつかれてしまった。サトルは細い四肢に似合わず、運動神経が抜群なのだ。
 サトルは悲しそうな声で必死に俺を説得する。

「つれないな、ラーメンおごるからよ」
「ゴキブリ捕まえに行ったあとラーメンとか正気か」

 早足で逃げる俺の隣に、一歩も遅れず並走するサトル。俺はとうとう、サトルを振り切るのを諦めて言った。

「ハイハイ、付いていきますよ」

 放課後、俺達の冒険は始まる。この前はUFO、その次は山男、今度は巨大生物か。俺は特に放課後の予定が無かったのでしぶしぶ彼に付き合うことにする。

 サトルは友達がいなかった。変わった少年だった。いつも不思議なものを探して、一人で冒険していたらしい。そんなサトルの話を唯一まともに聞いてくれたのが俺だった。その日から、サトルは俺が気に入ってしまったらしい。
 サトルはよく夢を語った。今まで見たことのない世界を見てみたいらしい。俺はサトルの視界を見たことは無かったが、彼は俺とは違う世界を見ているようだった。
 彼にとって世界は全て輝く美しい世界だった。UFOだと思ったのは、山にある公園の壊れた街灯だった。俺にとってはそうだった。

 UFOなんているはずがない。俺の視界はそうだ。しかし、サトルの目にはUFOが映っていたのだ。切れる寸前の蛍光灯が点滅する、その瞬きに宇宙人からのメッセージを感じ取っていたのだ。彼は確かに、世界を俺より美しく見ていた。

 秘境の湖だなんだ言って、実際は学校の裏山の上にある小さな池らしい。制服を着替えぬまま、俺達は山へと入っていった。例の小さな池は鮒が住んでいるので、小学生などがよく探検に来ては鮒を釣って楽しむ、そんな隠れ家的スポットらしい。
 俺はそんな活動的な子供ではなかったので初耳だった。大人に見つかるとうるさいので、一部の子供だけに秘密裏に伝わるまさに秘境らしい。
 山道を延々と登る。すでに秋の夕日は山並みの稜線にかかりつつあり、辺りは薄暗い。蝙蝠が飛び交い、暗い木々が僅かな夕陽さえも遮って闇を広げる。

 俺はだんだん心細くなってきた。

「本当にこの先、お前の言う秘境の湖があるのかよ、歩き疲れたぞ」
「ばか! 秘境がコンビニ感覚で行けるとこにあるか! 本当にばか!」
「時代は利便性を求めてるんだよ。携帯だって、年月と共に便利になっていくだろう」
「そんなこと言うから人々は驚きや感動をコンビニ感覚で消費して、つまらないだの飽きただの言うんだ! 本当にばか!」

 そんなたわいもない会話をしながら山道を進む。木々の間、茂みをかき分け、草を踏みならしていく。不意に視界が開けた。すでに日は沈み、月光が湖面に揺らめく。と言っても、小さい池だったが。

「あっ、おい! 見ろ!」

 俺はサトルに向かって叫んだ。池の上、夜空に謎の淡く光る発行体! UFOだ!

「おい、UFOだぞ! この前探して見つからなかった……」
「うるさい! いまそれどころじゃないんだ! 何してる、お前もさっさと巨大ゴキブリを探せ!」
「UFOはいいのかよ!」
「UFOはもう飽きた! いまは巨大生物の時代だ!」
「コンビニ感覚で飽きてるのはお前じゃねぇかよ!」

 俺は自然と笑っていた。サトルにとって、過ぎゆく時こそが美しいのだ。UFOだとか、山男だとか、そう言ったものに彼は心を動かされない。

「そうだよな、お前はいつだって楽しいことを探していたもんな。お前はいまを生きてるよ。いまこの瞬間が美しいんだろう?」

 俺はサトルに聞こえない声で小さく呟いた。そして、眩しそうにUFOを見上げる。UFOは困っているだろうか、せっかく現れたのに。

「UFOさん、ごめんな。あいつはいまお取り込みなんだ。夢が大きすぎて、そしてあいつの両腕は夢を全て抱えるには小さすぎるんだ」

 UFOは急上昇し、そして夜空の流星となって消えた。

 結局俺達は水辺を歩き回りザリガニを一匹見つけただけに終わった。

 彼はザリガニを思いっきり湖の中央めがけ投げ、俺達は笑って帰ったのだった。


――秘境の湖に巨大ゴキブリを見た! (了)


即興小説で公開したものの加筆修正版です









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